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2007年5月31日 (木)

テレビゲームの歴史(1)

テレビゲームの歴史と言っても、難しい事を語るつもりはありません。私が体験したことに基づいての内容ですから、場合によっては、ある地域独特のものであったり、正確でない部分もあろうかと思いますが、その点はご了承ください <(_ _)>

生まれて初めて、テレビゲーム(ビデオゲームも含む)に出会ったのは、子供のころ、父親に、「おもしろいものがあるからついて来い。」と言われて、入った喫茶店でインベーダーゲームをやったところから始まります。まだ、世の中にゲームセンターなどなかった時代です。父親はちょっと変わったところがあり、大学生の時に車の免許を取ってもよいか?と尋ねたところ、バイクの免許も取るなら、講習料を全額負担してやると言われて、いやいやバイクの講習もセットで申し込んだという、いきさつがあります。当時の私は、バイクには全く興味がなかったのです。まあ、父の話は日を改めるとして、そこでやったインベーダーゲームの おもしろいことったらありゃしません。世の中にこんなに楽しい玩具があるのかと、子供ながらに感動しました。

そして、俗に言うファミコン時代が到来します。実は、家にファミコンを持ち込んだのは、またまた父でした。毎日、仕事から帰ってくると、テレビの前で麻雀ゲームをしておりました。父は、自分でおもちゃ屋に行って、

「家でインベーダーゲームは、できないのか?」と店主にきいたところ、

「インベーダーゲームは無理ですが、これからはこの機械の時代ですよ。まだソフトは少ないですが、間違いなくこの機械の時代がやってきます。」

そう言われて、買い込んできたのである。その話を聞いた時は、うまいことおもちゃ屋のおやじに丸めこまれたな、どうせ数本ソフトが出たらそれっきりで、そのうち飽きるに違いない。そうなったら、そのおもちゃは私の物だ、むふふ と密かに喜んでいたのですが、期待は大きく裏切られることとなります。

そうこうしているうちに、駄菓子屋の店先や、大きめのスーパー、デパートの屋上などに、ビデオゲーム機が並ぶようになります。ドンキーコングギャラクシアンなどが、一世を風靡した時代です。ゲームセンターという名称の店舗は、まだ出てきてはいませんでした。学校帰りの子供たち(小~高校生)が、お菓子にたかるアリのように、ゲーム機に群がっていました。その様子を見ていた、駄菓子屋のおやじが、ガレージを改装して、ずらりとゲーム機を並べ始めたのが、私が記憶するゲームセンターの始まりです。テレビの画面を見て遊ぶという、特殊な環境のため、室内が明るいと、画面に光が反射して見にくくなるために、室内はとても薄暗く、今で言うサイバーな世界の幕開けでした。暗く、埃っぽい室内に響き渡る人工的な音とリズム、テレビ画面の明りに照らし出される顔しかみえない人影、黙々とうつむいたまま手だけを動かし続ける子供たち・・・いつしかこんな世界にどっぷりと浸かっていきました。

心理学の世界の言葉で、「異界との出会い」というものがあります。ちと宗教的な内容になりますが、異界とは、簡単に言うと神の世界のことです。(厳密に言うと違いますが、まあ大学の授業ではないので、細かい事は気にしないでおきましょう。)神の世界に近づくために、重要な環境として、「ほの暗さ」が必要とされています。そのため、日本の寺院の本殿などに入ると、かなり暗い感じがするはずです。キリスト教の教会あたりも、天井を高く取り、ガラスはステンドグラスを使用して、直射日光が入らないようにしています。この、ほの暗い環境で、無心になることで、異界の扉が開かれるわけです。仏教的には悟りを開くといいます。

当時のゲームセンターは、まさにこの要素を十分満たしておりました。宗教観など全くない若者が、吸い込まれるようにゲームセンターに引き寄せられていったのは、単にゲームが面白いから、それだけの理由では無かったように思います。中にいると、妙に心が落ち着くんです。今のゲームセンターは、非行・犯罪防止の観点から、室内はとても明るく、清潔になりました・・・しかしながら、そうなってしまってからゲームセンターの没落が始まったのです。そして、いまやゲームセンターは、カラオケボックスやコンビニに姿を変えつつあります。一般的には、家庭用ゲーム機の普及が挙げられますが、ゲームセンターが大盛況だった時代に、すでにファミコンは絶世紀だったわけで、それが衰退の理由とは思えません。

明日も、もう少しゲームのお話を続けたいと思います (*^^)v

2007年5月30日 (水)

小型飛行機の操縦方法(6)

さあ、そろそろ空港に帰りましょう。離陸は、気合いと根性でなんとかなりますが、実は着陸が飛行機の操縦の中で一番難しく、そして怖い部分です。

空港は、個人の所有物ではありませんから、自分が着陸したい時にいつでも着陸できるわけではありません。一般の旅客機などが接近している場合は、そちらが優先されて、待たされることがあります。管制塔と交信をして、着陸許可を求めます。待たされる場合は、空港の周囲を、ぐるぐる回って、飛行しながら順番を待ちます。旅客機に乗っている時に、もう下に空港が見えているのに、なかなか着陸しなくて、なにかトラブルでも起こっているのか?と思う事がありますが、これは単に、満車の駐車場の前で、空車になるのをじっと待っているのと同じ状況です^^;

許可がおりたら、高度を下げて、滑走路にまっすぐ対峙する位置を取り、速度を落としていきます。滑走路脇には、パピーと呼ばれる着陸誘導ライトがあります。横並びの4つのランプが、赤と白に光っているのですが、高度によって見える色が白から赤に変化します。最初は4つとも白く見えますが、高度を下げていくと最初に左端が赤くなります。さらに高度を下げると、赤・赤・白・白に。これが、赤・赤・赤・白やすべて赤になると、低すぎ。逆に赤・白・白・白だと高すぎることを意味します。つねに赤・赤・白・白に見える状態を維持するようにしながら、降下を続けます。このライトは、大型の旅客機などで、着陸の様子を機内のテレビで見せてくれる時などに、滑走路脇を注意して見ていると発見できます。

空中にいる時は、自分の周りに、停止している物体がないため、自分の速度がわかりませんが、地上に近くなるにつれて、自分の速度が把握できるようになってきます。着陸するために、速度を落としているのに、地面に近くなることでスピード感が発生して、逆に加速しているような気になってきます。

大型機と違って、小型機は空港の滑走路の長さ、半分程度あれば十分着陸できますから、滑走路の端にきちんと着陸しなくても大丈夫なのですが、免許取得の試験の場合は、規定の位置に接地しないと失格になります。着陸に関しては、理屈じゃなくて慣れです。とても感覚的なものです。しかも、風向きや風速によっても姿勢や速度を変えなければなりませんので、上手・下手がもろに出る部分です。旅客機に乗っていても、スーーっと地面に降りるパイロットもいれば、ドッス~~ンと尻が浮きそうな着陸をするパイロットもいます^^;

今回は、簡単に飛行手順の紹介をしてきましたが、お手軽に空の散歩を楽しみたいなら、パソコンソフトのフライトシミュレーターがお勧めです。かなり、リアリティがあり、実際に飛行訓練を受けている者も、地上での練習に使っています。ただし、あまりにもリアルすぎて、ゲームとしての楽しみ方はほとんどできませんので、そのへんはご注意ください。あと、キーボードやマウスでは、機体の制御が難しいので、専用のジョイスティックも購入する必要があります。 

明日からは、また違う話題を掲載いたします。お楽しみに(*^^)v

2007年5月29日 (火)

小型飛行機の操縦方法(5)

飛行機とバイクが似ている点のひとつに、速度が落ちると不安定になることが挙げられます。バイクや自転車は、ある程度の速度が出ていると安定しますが、歩く速度くらいで走ろうとすると、ふらついて転びそうになります。飛行機も、空気と翼によって発生する、揚力という力で、重力に逆らって飛んでいますから、速度が落ちると、揚力が減り、最後には重力に負けて墜落します。

飛行訓練では、万が一の事故を想定して、墜落の訓練も行います。まあ、実際に落ちてしまっては洒落になりませんから、地上から300mくらいの高さを、仮の地面と想定して行います。

まずは、エンジンをアイドリング状態にします。つまり、車でいうならアクセルを踏むのを止めた状態です。飛行機の速度は、どんどん落ちて行きます。速度が落ちるに従って、機体がガクガク揺れ始めます。重力と揚力が戦っている状態です。機体前方には、エンジンが搭載されていますから、まずは機体の頭が下がろうとします。それを、操縦かんをひたすら引っ張り続けて、下がらないようにふんばります。速度がかなり落ちてきて、最後には失速警報が鳴り始めます。そして、突然機体は急降下を始めます。これは、すでに飛んでいるのではなくて、落ちているのです。ちょうど、ジェットコースターが長い上り坂を登り切り、いっきに下向きに滑り落ちていく感覚に似ています。

はじめて、この訓練を受けた時に、事の重大性を感じました。飛行機は、重たい頭を下にして、急降下するのですが、乗っている人間にとっては、足を下にしたまま高いところから落下し続けている状態となり、いっきに頭に血が上ります。お風呂で長湯しすぎて、のぼせてしまったような感じです。とても気持ちがいいのです。頭がポヤ~ンとします。隣の教官が耳元でなんか怒鳴っています。やかましいです。眠くなってきました。

「操縦かんを引け!引け!引け!死ぬぞ!引け~~~!」

しょうがないな~うるさいから、ひいてやるか・・・めんどくさいな・・・・Zzz

ちょいと操縦かんを引いたところ、すでに落下によってかなりの速度が出ていましたので、機体はいっきに上昇します。その直後、頭の血が足もとに逆流します。今度は、いきなりの貧血状態です。吐きそうなくらい気分が悪くなりました。

「はい、一人だったら、航空事故1件。パイロットは死亡。明日の朝刊の片隅に、出るとこやったな。」

教官の言葉が、ぼんやりした頭に響いてきました。

実際の航空機事故の場合も、飛行機が急降下すると乗客は30秒ほどで全員失神するそうです。ですから、天井から酸素マスクが落ちてきたら、30秒以内に装着しないと、墜落する前に失神中に窒息死します。ジェット旅客機の飛ぶ高度は、富士山よりもずっと高いところを飛んでいますから、事故によって機内の空気が外に漏れてしまうと、中の人は窒息します。しかも気絶していたらどうしようもありません。ですが、酸素マスクさえ付けていれば、最悪窒息死は免れます。天井からマスクが落ちてきたら、速攻で装着しましょう。ゴムバンドでちゃんと頭につけること。手で持っている状態ではだめです。気絶したらマスクを落としてしまいます。

小型機の場合は、エンジンが前に付いていますから、自然落下の際は頭から落ちます。それにより、仮にエンジンが止まっていても、まっすぐ飛んでいるのと同じ状態になり、翼に揚力が発生しますから、一時的に浮き上がります。落ちて・・・浮いて・・・落ちて・・・浮いてを繰り返しながら、安全な場所まで機体を誘導して、最悪街中に墜落したりするのを避けます。ジェット旅客機は機体の頭部ではなく、翼にエンジンが付いていますね。落ちるとどうなるのか。でも、よく見てください。旅客機の翼って、飛行機全体のかなり後ろに付いていると思いませんか。これは、万が一墜落状態になっても、機体の前方の方が重くなって、前向きに落ちるようにバランスが取られているのです。前向きに落ちてくれれば、いくらかでも翼に揚力が発生しますので、機体をコントロールすることができます。

ただし、戦闘機はこの限りではありません。戦闘機は運動性能を極限まで高めていますので、重心はちょうど機体の真ん中にくるように設計されています。ですから、失速状態になると、そのままの状態で、真下に落っこちたり、お尻から墜落したりします。この状態で落下するのを「きりもみ」といいます。機体が地面と平行になったまま、ぐるぐる空飛ぶ円盤のように回転しながら落っこちますので、姿勢制御はできません。脱出しかないわけですね^^;

明日は、飛行場に無事着陸したいと思います。おたのしみに(*^^)v

2007年5月28日 (月)

小型飛行機の操縦方法(4)

スロットルレバーをいっきに押し込むと、プロペラの風切り音とエンジンの轟音で、隣の人の声も聞こえません。ちなみに飛行機は、左側が機長、右側が副操縦士です。教習時は、生徒が機長席、教官が副操縦士席に座ります。声が聞こえないので、手のひらのジェスチャーで意思を確認して、いざ出発。

車を急発進させた時のように、シートに体が押し付けられます。滑走中の速度は、小型機の場合は、それほどでもなく、時速120kmくらいで機体はふわりと浮き始めます。ただ、前回、誘導路を走行する場合、ほっておくとズルズル左に曲がってしまうと書きましたが、滑走中はこの現象が、もっと顕著に現れます。滑走路のセンターラインに沿って、まっすぐ走るためには、左のラダーペダルをかなり力いっぱい踏み込んでないと、滑走路から外れてしまいます。

操縦している者は、窓から正面を見据えて、ひたすらまっすぐ走行させることに集中します。副操縦士は、速度計を見て、離陸可能速度に到達したら、その旨を操縦者に知らせます。合図が出たら、操縦かんを手前に引き始めます。小型機の操縦システムは、油圧制御型ではないので、引いた力がそのまま翼に働きますので、けっこう力が要ります。

ちょうど、エレベーターにのって上昇し始める時に感じる、ふわっとした感じがすると、離陸成功です。そのまま、機体はぐんぐん上昇を続けます。空中でも、機体は左に曲がろうとしますので、ラダーペダルをうまく調整して、まっすぐ一直線に上昇することに神経を使います。ちなみに、私がはじめて離陸を経験したときは、離陸後機体が左にふられて、左にカーブしながら上昇してしまいました^^; 気がつくと、真後ろにあるはずの空港が、左後ろに見えていました。

飛行機のエンジンには、車と違ってギアはありませんから、AT車を運転しているようなものです。ただ、決定的に車と違うのは、ブレーキがないこと。地上走行時のタイヤのブレーキはありますが、飛行中のブレーキは、戦闘機や大型のジェット旅客機くらいしか付いていません。旅客機に乗った時に、座席がちょうど翼の横だったりすると、そろそろ着陸というあたりで、翼の表面で、パタパタと金属板が起き上がったり、倒れたりするのが見えますが、あれがブレーキです。空気抵抗で速度を調節します。小型機にはありません。

ある程度の高度に達したら、巡航速度で水平飛行に移ります。このときの速度は時速200kmくらいなのですが、速度感はまったくありません。気球でふんわり、お空に浮いている感じ。自分の速度を比較する対象物が無いために、どれくらいの速度が出ているのかわからないのです。

あとは、訓練マニュアルにしたがって、飛行訓練を行うのですが、中でもおもしろいのが、失速訓練といって、模擬的に墜落を経験します。明日は、いっしょに墜落してみましょう (*^^)v

2007年5月26日 (土)

小型飛行機の操縦方法(3)

さてさて、駐機場から誘導路に移動します。この時には、管制塔の許可が要ります。無線を使って交信します。無線の機械は、タクシーに付いてるのと同じようなやつです。仮に松山空港から出発することを想定して、会話してみましょう。

「コンタクト。マツヤマタワー。JA(ジュリエットアルファ)1234。リクエストタクシー。アット エプロン。」

松山空港管制塔。こちらJA1234(機体番号)です。誘導路走行の許可を求めます。現在駐機場です。といった内容です。ちなみに、航空無線では、アルファベットはフォネティックコードと呼ばれる独特の読み方をします。あと、自分で小型機を操縦しようとする場合、必ず無線を使わなければならないため、無線の免許が必要となります。航空無線通信士の国家資格が一般的です。航空無線は、最大級の出力無線ですから、アマチュア無線の免許では取扱できません。試験は筆記と、先ほどご紹介したフォネティックコードの聞き取り、読み上げの実地試験で、年に2回実施されています。筆記は、航空法と無線の知識が中心ですが、周波数や出力計算の分野で、高校の理科系の物理・数学の知識を要求されるので、学校で習っていないと、かなりつらいものがあります。私もがんばって、この資格は取りました。

まあ、実際に無線機を使うのに、物理や数学の知識はいらないんですが、資格試験なんて、そんなものでしょう^^;

管制塔の許可をもらったら、滑走路手前まで機体を進めて、いざ離陸・・・かと思いきや、今度は、離陸前チェックリストが登場します。ここでのチェックも30項目ほどあり、エンジンが正常に動いているか、油圧・油温は正常か、操縦かんの動きと翼の動きに異常はないか・・・などなど これまた20分くらいかかります。ちなみに、自分の飛行機に乗って、空中散歩でも楽しもうと思ったら、1時間ほど前までに管制塔にフライトプラン(飛行許可証)を提出し、運輸省からの許可をもらいます。すんなり許可が降りればいいのですが、待たされる場合もあります。そして、やっと乗り込んだと思ったら、チェック項目の嵐。日本の空は、思っているほど自由ではありません(T_T) 最初の準備から、滑走路でいざ離陸、というところまでたどり着くのに、早くても2時間は、かかります。

やっとすべての準備が整いました。目の前には、遥か彼方まで伸びる、一直線の滑走路と、その先には、真っ青な空が待っています。ブレーキを解除して、スロットルレバーをいっきに押し込みます・・・来週こそは飛び立ちましょう(*^^)v

2007年5月25日 (金)

小型飛行機の操縦方法(2)

さあ、プロペラはブンブン回っております。機体を動かしましょう。ちなみに小型機も、自動車と同じく、パーキングブレーキが付いていますので、まずはそれを解除します。今の車は、シフトレバーのところや、AT車なんかは左足のところに、パーキングブレーキが付いていますが、トラックや、古い車は、ハンドルの下に手前に引っ張る形で、パーキングブレーキが付いています。小型飛行機も、トラックと同じく、手前に引っ張るレバー式です。

パーキングブレーキを解除して、スロットル(車でいうアクセル)を押しこむと、プロペラの回転数が上がり、機体がそろりそろりと動き始めます。スロットルもレバー式で、片手で押す・引く、という操作で調節します。単発式(プロペラが1つ)の小型機の場合、そのまま何もしないと、機体はずるずる左方向に曲がって進んでしまいます。これは、プロペラが回転しているため、その回転方向に引っ張られる力(モーメント)が発生するためです。

舵取りをしなければなりません。目の前には、車でいうところのハンドルのようなもの(操縦かん)がありますが、それをいくら右に切ったところで、機体の向きは変わりません。操縦かんは、機体を傾けるためのもので、向きを変えるためのものではないからです。

パイロットの人は、私の知る限りでも、かなりのひとがバイク好きです。なぜなら、飛行機の操縦方法と、バイクの運転の仕方に、とても共通点が多いからです。違いと言ったら、バイクには上昇・下降がないことくらいですね。バイクは道を曲がるときに、車体を曲がる方向に傾けますが、飛行機も同じです。飛行機も、空中で飛んでいる時に、向きを変える場合、操縦かんを使って、機体を傾けると、傾けた方向に曲がります。しかし、地上走行の際は、機体を傾けることができませんから、操縦かんでは向きは変わりません。バイクを降りて、押しているようなものです。

この場合には、ラダーといって、地面から垂直に立っている、尾翼を使用します。ちょうど、船が舵を取る要領で、左右にパタパタ動きます。それを操作するのが、ラダーペダルといって、車のアクセルやブレーキの位置についているペダルです。右のペダルを踏み込むと、左に、左のペダルを踏み込むと右に動きます。なんだか逆のようですが、実はこの方が自然なのです。

実際に試してみましょう。事務所とかにある、回転するイスに腰かけて、足をかるく前に伸ばします。車を運転する時の姿勢と同じです。足は、かかとだけを地面につけて、つま先は浮かしておきます。目に見えないアクセルペダルと、ブレーキペダルがあると思ってください。さあ、見えないアクセルペダルを踏み込んでみましょう。つま先を踏み込むと、イスは左に回るはずです。逆に左足を踏み込むと、右に回ります。意識して逆に動こうとすると、とても違和感を感じるはずです。

こんな感じで、地上を飛行機が移動する場合は、足のみで方向を変えているのです。この動作は、ちょうど自転車とかで手放し走行しているときと感覚は似ていますね。大型のジェット旅客機とかは、それだけでは小回りが利きませんから、専用のハンドルが付いていて、前輪が車と同じように動くようになっていますが、基本は小型機と同じです。

さあ、明日はいよいよ離陸してみましょう (*^^)v

2007年5月24日 (木)

小型飛行機の操縦方法(1)

大型のジェット旅客機に乗ったことはあっても、小型のセスナ機に乗ったことのある人は少ないのではないでしょうか。ちなみにセスナというのは、製造会社の名前で、飛行機の一般名ではないのですが、日本ではこの言い回しが定着してしまっていますね。自動車の事を、トヨタと言っているようなものです^^;

小型機の操縦訓練を受けていましたので、実際にどのように飛ばすかを、ちょこっとご紹介したいと思います。

まず、操縦席に乗り込む前に、機体の外部を点検します。これは、大型の旅客機でも、パイロットが直接目視点検をします。空港にこれから出発するジェット機が駐機している場合、出発の30分くらいまえに、制服を着たパイロットが機体をぐるっと一回りして、点検する姿が見られるはずです。車の場合は、実際に走っている途中で、何かおかしいと思ったら、道の脇に車を止めて、確認することができますが、飛行機の場合は、空中で止まることができませんから、かなり真剣にチェックします。

外回りのチェックが終了すると、操縦席に乗り込んで、内部計器のチェックをします。小型機でも、30項目近いチェック項目があり、慣れないうちは、このチェックに20分くらいかかります。その中でも重要なのが、高度計の設定です。一般に高度と言われるものは、海面の高さを0mとして、現在自分のいる場所が海面からどのくらいの高さにあるかを表示したものです。この設定を間違えると、山に激突したり、着陸に失敗したりします。現在自分のいる空港の高度を計算して入力しなければなりません。地面にいるから0mでは、ないわけです。日本の場合は、ほとんどの空港が海に面していますから、ほぼ0mの設定でかまわないことが多いのですが、内陸部にある空港の場合は、意外に海面からの高度があったりしますので、注意が必要です。

一通り、チェックが終了すると、エンジンスタートです。これは、ジェット機とプロペラ機では微妙に異なりますが、小型のプロペラ機の場合は、車と同じです。キーを右にめいっぱい回すだけ。ジェット機は最近の高級車に見られるような、ボタンスイッチです。ボタンを押すとエンジンがかかります。車と違うのは、プロペラ機の場合、エンジンをかけるときには、窓を開けて、外に向かって大声で「エンジンスターーート!!」と叫ばなければいけません。プロペラの周囲に、整備の人とかがいると、巻き込まれてミンチになってしまいますから^^;

まあ、チェックうんぬんを抜きにすれば、単にキーを差し込んで回すだけで、エンジンがかかって、プロペラが回り始めるわけです。いたって簡単です。

さあ、明日は滑走路上に移動するところからご紹介します (*^^)v

2007年5月23日 (水)

パトカーを追跡するとどうなるか(2)

(1)の分でのハマジーさんのコメントを裏切るような、「大学生4人組、窃盗犯逮捕に協力。大手柄!」のような内容なら、もっと盛り上がるのですが・・・ハマジーさんの予想どうりです。

パトカーは細い住宅地の道の中央で停車して、ドアがあき、お巡りさんが降りてきました。そして、我々の軽自動車に近づいてきます。道が狭いため、パトカーの脇をすり抜けることができません。バックして逃げるのも不自然です^^;

「おまえら、さっきからずっと後ろをつけ回しとるようじゃが、何か用があるんか!」

いきなり、怒鳴られてしまいました。

一般道路であれば、たまたま進行方向が同じだと、言い訳もできたんでしょうが、この道では、どうしようもありません。5分ほど、こってりと油をしぼられました。

今でも、自分の進行方向にパトカーや白バイがいると、妙にドキドキします。つい、後ろを追跡したくなります。高速道路などで、自分の前を覆面パトカーが走っているのに気がついたりすると、「あぁ、絶対つかまる奴いるよな~。不幸な獲物はどいつかな~。」などと考えてしまいます。覆面パトカーですから、制限速度で走行しています。遅い車に思えるんですよね。そして、後方から、しびれを切らして、追い越し車線に飛び出してきて、いっきに抜き去ろうとする車が、ドアミラーに映ると、「南無南無~。」

案の定、抜き去った車を、覆面車が追っかけて行き、チョイ先の路側帯で止められております。みなさまも、スピードの出しすぎには注意しましょう (*^^)v

2007年5月22日 (火)

パトカーを追跡するとどうなるか?(1)

学生時代に、暇を持て余した野郎数人が、軽自動車にスシ詰めになって、夜な夜な徘徊をする、なんてことはしょっちゅうでした。初めのうちは、目的地を定めて、純粋にドライブを楽しんだりしていたのですが、そのうち目的地もなくなって、無目的に車を走らせる状態に。

車の中で、バカな話などで盛り上がったり、まあ、とりあえずは楽しいひと時なのですが、ドライバーになると大変です。どこに向かえばいいか、ドライバー任せなわけですから、責任重大です。皆の知らない、夜景スポットなどに連れて行けたりすると、プチ自慢ができますが、同じところをグルグル回っていると、文句を言われたりします。

そして、あるとき、目の前にパトカーが走行しているのを発見。

「おい、あの後をずっと付いて走れば、思わぬ事件現場をスクープできたりするかもよ。」

誰ともなく、そんなことを言い出して、どのみち目的地のないドライブですから、反対する者はおりません。そういったわけで、我々は夜中の12時過ぎに、パトカーの後ろに付いて、一緒に警邏してあげることにしました。しばらくは、大通りを巡回していたパトカーが、郊外の方に向きを変えました。そして、住宅地の道に入り込みました。

「普通、こんなところを巡回したりしないよな。事件だよきっと。そのうちサイレン鳴らすんじゃないの。」

暇な坊主4人組は、微妙に胸をときめかしながら、ぴったり後ろをくっついて行きます。

パトカーはさらに住宅地の奥に。道も車がやっと離合できるくらいの、細い道になってきました。

「この奥の家に、犯人とか隠れてたりするかもよ。そして、いきなり大捕り物が始まったりして~。」

そして、ある家の前でパトカーが止まりました・・・明日につづく (*^^)v

2007年5月21日 (月)

臨時休稿のお知らせ

本日は、10:40~17:20まで、パソコン教室の授業が詰まっておりますので、投稿はお休みさせていただきます。(T_T)

明日は、通常通り原稿をUP致します。ご訪問頂き、ありがとうございました(*^^)v

2007年5月19日 (土)

夢の鈴鹿サーキットへ(5)

学校でのマラソン大会とかで、「だるいしさ~、ちんたらやろうよ。」とか言ってる奴に限って、いざスタートすると超本気モードで猛然とダッシュする、なんてのはよくあることで・・・。

先導してくれるはずのお兄さん、押さえて走るといった割には、いきなりのロケットスタート。背後からは、残りの大集団が爆音を響かせながら迫ってきます。ここは、とにかく付いていくしかない、選択の余地はありません。

直線の先には、第一コーナーが待ち受けています。お兄さんは、加速し続けて、なかなか減速しません。こっちもぴったり張り付いていきます。もう、コーナーが目前に・・・まだ減速しません・・・もう無理、そりゃ無理、と辛抱しきれずに減速。お兄さんとの距離が、微妙に開きます。お兄さんのマシンは、ほとんどそのままの速度で、突っ込んでいきます。さすがに、レーサーの人の走りは違うな~。マシンは、地面と平行になってるんじゃないかと思われるほど、倒し込んでいます。あれで、タイヤが接地してるなんて信じられんな~・・・あれ? タイヤが浮いているように見える。あれれれ、バイクは異様に傾いているのに、まっすぐ動いているように見える。お兄さんのバイクは、そのままコース外に滑り出てしまいました。そうです、いきなり第一コーナーにオーバースピードで突っ込んで、転倒自滅してしまったのでした。

一瞬ですが、それまでの緊張の糸がプッツリ切れました。あまりの勢いのよさに、おかしくて、笑い出しそうでした。しかし、そんなお気楽な雰囲気も、つかのま、現況を考えると、さあ大変。何が大変かって、あなた、私が先頭になっちゃったわけですよ。後ろからは、爆音の集団が迫ってきているわけですよ。もちろん、スローダウンしてやり過ごすこともできたんでしょうが、峠で走っている時の感覚が、蘇ってきて、コーナー立ち上がりからアクセル全開なわけですよ。ライン取りだの、スローインファストアウトだの、そんなこと考えている余裕なんてありゃしません。ひたすら逃げる逃げる逃げる・・・。なんだか、バイクに乗っているとこんな状況ばっかりですが(『三途の川が見えた瞬間』もご参照ください)。

ともかくも、1周目は、なんとか先頭を維持して周回。あとは、後ろの集団からごぼう抜き・・・かと思ったら、意外にもそうでもなくて、5~6番手あたりを維持しながら、前を走るバイクのラインを参考にして、10周ほど周回。いったんピットに戻ることに。

ピットに戻ると、チームの監督さんから、「自分、けっこう速いな。どっかよそのサーキットで走っとった?ノーマルのマシンであんだけ走れたら、上等やな。」と、お褒めの言葉を頂きました。もちろん、他のマシンは、あくまで調整のために走っているわけで、本番のレースではありませんから、本気を出されたら、かなうはずはありません。うちのチームのお兄さんは、ころげちゃいましたが、それ以外に転倒したバイクはありませんでした。調整で走って、1台 500~1000万円するレーシングマシンを壊すわけにはいかないでしょう^^;

そんなこんなで、この後も、このチームにくっついて、鈴鹿サーキットを走らせてもらうことになるわけです。レーサーではありませんけどね。でも、私にとっては、こんな形であっても、十分夢は果たせたと満足しております。そして、現在に至るも、相変わらずバイクには乗っておりますが、サーキットを走って以来、峠で全力走行することはなくなりました。私にとっての、峠の卒業式だったわけです。(*^^)v

2007年5月18日 (金)

夢の鈴鹿サーキットへ(4)

大阪市内から高速道路を乗り継いで、三重県鈴鹿市まで、約2時間ほどで到着。連れてこられたのは、スズカサーキットの本コースではなく、南側に位置する、「南コース」と呼ばれる小ぶりなサーキットでした。本コースに比べると、規模は小さいですが、本物のサーキットコースです。

到着すると、すでに50台以上のバイクがパドック(整備ブース)にずらりと並び、レース本番さながらの賑わいでした。各レーシングチームが共同でお金を出し合って、コースを借り上げているということで、バイクも50ccから400ccクラスまで様々。オフロードバイクまでいたりして、まさに峠の再現のような風景でした。正式レースでは無いので、ライセンスなしでも走れるということでしたが、最初に簡単な走行規則をレクチャーしてもらい、さっそく自分のバイクをサーキット用に調整。

まずは、保護部品を全部外します。ミラー、ウインカー、ナンバープレートなど、万が一転倒した際に、コース上に飛び散りそうな部品は全部取り除きます。あとは、ヘッドライトなどのガラス部品に、ビニールテープで飛散防止のテーピングをします。私以外のバイクは、レース用マシンなので、こんなことはしませんが^^; はじめっから、ミラーもウインカーもライトも付いていませんから。

そうこうしているうちに、走行開始時刻の10時が迫ってきました。私は、適当に他の方の走るのを見た上で、あとからこっそり混ぜてもらおうと思っていたのですが、バイク屋のお兄さん(チームのレーサー)が、

「せっかくだから、スタートもやってみたらいいよ。付いておいで。」

とコース上に引っ張りだされました。10時ちょうどに、1回だけサーキットのシグナルを付けてくれるそうで、その後は各自が好きなように走るのだとか。ですから、10時のシグナルを合図に、模擬レースがスタートするようなものです。

お兄さんの後をすごすご付いて、おっかなびっくりでコース上に出ると、すでに他のマシンは自分の好きな位置のスターティンググリッド(スタート開始位置)に付いています。後方から空いているグリッドを探しながら、先頭に向かって進んでいくのですが、皆さん奥ゆかしく後ろから詰めて並んでいるので、空きが見つかりません。

「あそこしか、空いてへんな~。まあ、ええか。ええ記念や。」

なんと、空いていたのは、ポールポジション(先頭)とセカンドポジション(2番手)の2つだけ。お兄さんが、ポールに、私がセカンドに付くことに。背後からは、他車の排気音がウォンウォン鳴り響いております。あぁ、夢なら覚めて欲しい。革つなぎの背中は、冷汗でべっとり体に張り付いています。

「最初の1周は、コース取りとか教えるんで、ちょい押さえて走るよって、しっかり付いてきいいや~。1周した後は、本気出すよって、あとは自分のペースで走ったらよろし。やばいと思ったら、インベタ(コースの最内より)でコーナリングしとったら、他の奴は勝手に抜きよるさかい、心配いらんで~。そろそろスタートや。きばっていこか~^^」

シグナルランプが点灯しました。いよいよスタート開始です。サーキット全体が、排気音の咆哮でビリビリし始めました。レッドランプが1つ消え、2つ消え、3つ消え・・・グリーンランプ点灯。緊張が極限に達すると、周りの音が全く聞こえなくなります。一瞬の静寂の中、バイクは遥かなる直線の先に向かって、突き進み始めました。

そして、10数秒後に起きる悪夢など、想像もできずに、初サーキット走行の幕は切って落とされました・・・・明日につづく (*^^)v

2007年5月17日 (木)

夢の鈴鹿サーキットへ(3)

いい年こいて、馬鹿げた夢を追い続ける人を、世間では変人と呼び、いつの日か、その夢を成就し、世間に認められると、その人は偉人や英雄として扱われる。まあ、ほとんどのケースが、変人で終わってしまいますが・・・^^;

私の元に届いた光とは、知人からの転職のお誘いでした。「大阪に出てこないか?田舎でくすぶっててもしょうがないだろう。」

地方の出版社で営業の仕事をしていた私にとって、思わぬお誘いでした。仕事は、全く経験のない、不動産業(このブログ内でも紹介しております)でしたが、都会で働いてみたいと思っていたことと、鈴鹿サーキットがいっきに近くなることで、即OKのお返事を。

大阪に出た私が最初にやったことは、馴染みのバイク屋を見つけることでした。乗っているバイクのメンテナンスももちろんですが、色々な情報を得るために何軒もはしごをして、とあるバイク屋と知り合うこととなります。最初に尋ねたのは、「大阪市内の連中は、どこに攻めに(バイクで走りこむこと)行くんですか?」という質問。

「そうよな~阪奈道路っていう峠もあるけど、ちと遠いわな~。あとは、南港あたりかな~。」

そう聞いて、近場の南港に行ってみると、確かにそれらしい連中がいたのですが、驚いたのは、攻めているのはたった1つのコーナー(カーブ)のみ。そのコーナーを単純に走り込んでいるだけで、道のアップダウンもなく、連続コーナーの切り返しもない、こんなんで楽しいのか?結局10分ほど眺めて帰ってしまいました。その場所には、現在はUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)が建っているようです。後日、阪奈道路にも行ってみましたが、コースとしては面白いのですが、交通量が多すぎて、日中は走れたものではありませんでした。結局、どうしていたかというと、500円払って、阪神高速環状線に乗り込んで、都市高速道路をグルグル回っておりました。後日、そのことを地元の友人に話したところ、それやると、覆面パトカーに捕まるからやめとけ、と言われました^^;

そんな話を、バイク屋でもしていたところ、

「今度、レース用のマシンのセッティングしにサーキットまで行くんやけど、ついてくるか~?その代り、バイク自走で来てもらうことになるけど。自走で来たバイクで、サーキット走れるように手配してやってもええで~。お金かかるけどな。」

ここのバイク屋さんは、自分でレーシングチームを持っていることは知っていたのですが、思わぬお誘いパート2でした。

「どこのサーキットですか?いくらかかるんですか?」超前のめりで聞き返しました。

「スズカや。お金は参加登録料で1万円。走れる時間はam10:00~pm4:00の6時間。どや?ついてくるか?来週の木曜日や」

断る理由なんてありません。しかも運良く、仕事もお休みの日。不動産屋は日曜は営業していますから、木曜日が定休日でした。

いざ、夢の鈴鹿サーキットへ発進!   明日につづく (*^^)v

2007年5月16日 (水)

夢の鈴鹿サーキットへ(2)

芸能界にデビューして、アイドルになりたい・・・そんな夢を持っていても、片田舎に引っ込んでいたのでは、可能性は絶望的に0%に近いでしょう。やはり、東京や大阪といった、都会に出て生活することが、多少なりとも可能性を上げることに近づくと思います。自分の持つ、夢に対しての物理的な距離を縮めるという努力は必要だと考えます。

峠の走り屋をしていた若者のほとんどが、プロのバイクレーサーに憧れていたのは確かです。しかし、少年がプロ野球の選手に純粋に憧れるのとは違って、半ばあきらめに近い望みでありました。年齢的にも、20歳に近い年齢で、世の中と自分の将来が、おぼろげにも見え始める年頃です。

私が走っていた峠にも、セミプロっぽい者は、おりました。田舎のバイク屋が、趣味で作ったレーシングチームに所属して、地方サーキットのレースに出ていたようです。さすがに、そういった連中の走りは、桁違いで、とても真似のできるものではありませんでした。速いのは確かに速いのですが、無謀とも思えるような走り方で、命がいくつあっても足らんな~と思いながら見ておりました。しかし、そんな連中でも、地方サーキットのレースで入賞するのは難しい、と言っておりました。そんな現実を目の当たりにすると、夢も、はかなくしぼんでしまうものです。

この峠には5年ほど通い詰めて、気がつくと『常連組』と呼ばれるようになっておりました。しかし、その常連組も、年を追うごとに入れ替わり、一人、また一人と峠を卒業していきます。プー太郎(無職)から社会人になる者、バイクから車に乗り換える者、理由は様々でしたが、確実に時間は流れていきました。そして、若者の夢は、現実という闇の彼方に埋没していったのです。

25歳も過ぎて、社会人として働いていた私が、休日のたびに峠をバイクで暴走しているのを知る友人のほとんどが、「えぇ大人が、何しとるんや~。いいかげん落ち着けや~。」と言ってきます。

言ってることは、わかるのですが、どうにもそういう物分かりの良すぎる大人にはなりきれずに、悶々とした日々を過ごしていました。そして、あるとき一筋の光が、私の元に差し込まれてきました・・・。明日につづく (*^^)v

2007年5月15日 (火)

夢の鈴鹿サーキットへ(1)

夢はあきらめなければ、いつかは叶うと信じております。それが100%望み道理の結果では無いとしても、自分なりに満足のいく形で、必ず成し遂げられる・・・今回はそういったお話。

20代のころに、バイクにはまりきっていた私は、レーシングスーツに身を固めて、峠の走り屋なんぞをしておりました。はたから見れば、単なる暴走族だったのかもしれません、当時ご迷惑をかけた地域住民の方には、この場を借りて謝罪したいと思います。

走っていた場所は、愛媛県松山市では、当時走り屋のメッカであった石手川ダム沿いの国道です。現在は松山市と今治市を結ぶ、幹線道路となってしまって交通量が飛躍的に伸びたため、そこでバイクを転がしている連中を見かけることはなくなりました。当時は、まだ今治市に抜けておらず、奥の村に通じるだけの行き止まり道路であったために、車も非常に少なく、走り屋の私設サーキットと化しておりました。

休日ともなると、バイクが50台以上は集結。ギャラリーも出てきて大賑わい。そこで各人が腕を競い合っておりました。暴走族と一線を画していたのは、集団で徒党を組んではいなかったこと。1人か、せいぜい3~4人でやってきた連中が、自然に集まっているだけで、その集団を統括する者はおりませんでした。しかし、そこにはきちんとしたルールが存在しており、新参者がやってきて、そのルールを犯した場合は、誰ともなく注意し、そのルールを守らないものは、追い返しておりました。

そのルールをちょこっとご紹介。

1 一般走行の車両は、追い越さないこと。後ろからあおる行為も禁止。

2 バイク同士の追い抜きも禁止。後ろに速いバイクにつかれて、かなわないと思ったら、ウインカーを出して、道をゆずること。

3 ゴミは所定の場所に捨てること。(ごみ箱を自分たちで設置してました。)

4 観戦している場合、コース上に一般車両や犬などがいるときは、速やかに走行中のバイクに知らせること。(パトカー・白バイが来たときは特に)

5 万が一の事故が発生した場合は、各人が分担して、通報・事故車両の撤去・介護を行うこと。

6 コース上に砂が浮いている場合は、全員で掃除をすること。(竹ぼうきが用意してありました)

こんな感じのルールが、暗黙のうちに徹底されておりました。誰が決めたとか、誰がするとか、そんなことは関係なく、自分自身がより安全に、走ることに集中できるように、自然と皆がそのルールに従っておりました。

しかし、残念ながら事故は起きます。年間に3名程は事故で亡くなっていました。やっていた行為自体がとても危険なことであるのは、各人とも十分認識していたのですが、どうしても死亡事故が発生すると、胸を痛めました。そして、なぜその事故が起きたのかを、集まっていた連中で、検証し再発を防ぐ話し合いがされていました。

バイクで走ることがとても楽しく、夢中になっていたことも確かですが、この場所に集まって来る人間の持つ、一体感が最大の魅力でした。名前も知らない、学生なのか社会人なのかもわからない、ただひたすらバイクが好き、そのことで結びついている一体感。とても純粋なものを感じていました。明日につづく・・・(*^^)v

 

2007年5月14日 (月)

三途の川が見えた瞬間(5)

お巡りさんの一人は、私を抱き起しながら「立てるか、立てるか?」と聞いてきます。もう一人は、無残にも道路の真ん中で横倒しになっている私の愛車を道路脇に移動していました。通常、バイクで転倒した場合は、頭部を強く打っていることがあるので、しばらくは体を動かしてはいけない・・・と教習所でも習ったのですが、私の場合は、いきなり抱えられて、立たされました(T_T)

膝にかなりの痛みを感じましたが、一時的なもので、数分で自力で立てるようになりました。お巡りさんは、妙にやさしい口調で、

「なんで、こけるんや~。こけんでもええやろ~。」と言ってきましたので、

「族車(暴走族の車)に追い回されとると思っとったら、いきなり背後からバカでかい音量で『止まれ!』って言われたら、誰でもびっくりしてこけますよ~ (/_;) 」

と、私も穏やかに会話を進めておりました。なぜなら、バイクを移動し終わったもう一人のお巡りさんの手には、赤いキップ帳がしっかり握りしめられていたからです。

「まあ、怪我はないようやな。バイクも、ほとんど壊れとらんようやし・・・まあ、よかったな。」

よくない。あんな怖い思いをさせといて、ふざけんな、という思いも赤いキップ帳が気になって、ぐっと言葉を飲み込みました。

「そんでやな~、自分 59キロオーバーなわけよ。実際はまだ加速しとったけど、速度違反は50キロ超が最高やから、120キロ近くでサイレン鳴らしたんじゃが、実際はもっと出とったで。なんでそんなに飛ばしとったんや。」

だ~か~ら~、あんたらのせいだって言うとるがな ^^;

「怖い車が、ぴったり張り付いてきて、追っかけられてると思いこんで、とにかく逃げないと何かされると思ったもので・・・。」

「本来なら速度超過で、12点ちゅうとこやけど、自分もこけとるし、今回はまあ、見逃してやるわ。」

そう言って、覆面パトカーは、逃げるように立ち去って行きました。後で聞いた話によると、そういった状況ならば、逆に訴えて裁判に持ち込んでも勝てるぞ、という事だったんですが、不思議と腹は立っていませんでした。どちらかというと、おもしろい経験ができた、といった感じで。バイクの損傷も、左側のミラーの交換だけで、クラッチレバーが微妙に曲がったのと、カウル(バイクを保護するプラスチックのガード)が、ズリズリの傷ものになったくらいで、すみました。

ヘルメットは、あごの部分が、5mmほど削り取られて、道路にこすれた部分がまっ平らになっていました。上着の防寒ジャンバーはぼろぼろ。いたるところで中の綿が外に飛び出ていました。一番驚いたのは、革つなぎの膝の部分。革が5重に縫い重ねられているのですが、最後の一枚を残して、すべて擦り切れておりました。ジーパンにTシャツ、おわんのようなヘルメット、そんな格好だったらどうなっていたことか・・・怖い怖い(*_*)

「備えあれば憂いなし」、バイクに乗るときは、極力軽装は避けましょう。衣服はお金ですぐ新品に変わりますが、ずりむけた自分の体はいくらお金を積んでも、すぐには元に戻りませんから(*^^)v

2007年5月12日 (土)

三途の川が見えた瞬間(4)

時速100km以上で、暴走クラウンから逃げ出すも、あっというまに追いつかれ、背後5mくらいに追いつかれた瞬間、怒鳴り声が・・・。道はちょうど高架橋の下りに差し掛かった、坂道でした。

「止まれ~止まらんか~~!!」 ありゃ?肉声ではありません。スピーカーを通した音声でかなりの音量です。そのバカでかい声に、一瞬体が硬直しました。チラリとバックミラーを見ると、クラウンのヘッドライトの間に、赤く点滅するランプが・・・???

一般国道を爆走していたために、万が一のことを考えて、指は常にブレーキレバーにかかっていました。しかも、私は根が素直なもので、止まれと言われれば止まるタイプです(嘘です)。すでにかなりパニック状態だったところに、びっくりも加わって、自分で思っている以上の力でブレーキレバーを握ってしまったようです。しかも、道路は下り坂、乗っているバイクはレーシングタイプで前傾姿勢(お尻が頭と同じくらいの高さでの、前のめりの運転姿勢)。一瞬で、目の前に地面が迫ってきました。急ブレーキのために、バイクの後輪が浮き上がって、前方に放りだされたのです。

地面に着地する前に、逆さまの画面でクラウンのバンパーが迫ってくるのが見えました。正直、クラウンに轢かれると思いました。クラウンが急ブレーキをかけて、タイヤのきしむ音が聞こえた時には、私はすでに道路に腹ばいになった状態で、氷のスケートリンクの上かと思うくらい、勢いよく滑って行きました。私の横を、さらに猛スピードで、火花を散らしながら、愛車が滑り抜けていきました。道路わきの縁石が、まるで列車の窓から風景を眺めている時のように、後方に流れ続けるのが見えていました。

実際に滑った距離は、30mほど。バイクはさらに20mほど先まで滑っていました。運が良かったのは、途中で障害物に一切接触することなく、道の上をすべって終わったことです。縁石や、ガードレールの支柱などに衝突していたら、命の保証はなかったでしょう。それと、レーシングスーツ(革つなぎ)にバイク用の防寒ジャンパーを着ていたことも幸いしました。実際の怪我は、軽い打撲のみでした。しかし、事故直後はショックと、膝の痛みで自力では起き上がれませんでした。

暴走族だと思っていたクラウンは、何と覆面パトカーだったわけです。パトカーから飛び出してきたお巡りさんが、私に駆け寄ってくる足音が聞こえました。

その後のやり取りは、来週のお楽しみ(*^^)v

2007年5月11日 (金)

三途の川が見えた瞬間(3)

20代前半の、とある日曜日。私は、隣町にいる友人の家に向かうべくバイクを走らせていました。その当時、バイクに、はまりきっていた私は、バイクに乗っているときでも、そうでないときでも、常にレーシング用の革つなぎに、ブーツとグローブという独特のファッションで生活をしておりました。あるとき、このスタイルで居酒屋に入った時に、「バイクに乗って来られたお客様にはお酒は出せません。」と断られた事があります。歩いてお店に来ていたのですが・・・。この姿でタクシーに乗ると、運転手さんから「怪我してない?病院とか行かなくて大丈夫ですか?」といつも尋ねられていました。バイクで事故でも起こしたと思ったんでしょう。私にとっては普段着なのですが^^;

日曜日の午前中、幹線の国道は車も少なく、絶好のバイク日和。見通しの良い片側2車線の大通り。気持よく愛車を走らせていると、前方左手の脇道に、ちょっと気になる車が、国道に出ようとしていました。真っ黒なクラウン。公用車やハイヤーによく使われるタイプなのですが、異様な殺気をかもしだしていました。こういった雰囲気は、言葉ではうまく説明できないのですが、獲物を狙う動物的な殺気、そういったものは理屈抜きに感じるものです。

その当時は、暴走族が一世を風靡していた時代で、レーシングタイプのバイクにレーシングスーツで完全武装して走っていると、よくそういった連中にからまれることがありました。からまれるのは、ほとんど夜間に走行している時だったのですが、後ろからあおられたり、信号待ちで横にピッタリ付けられて、シグナルレースを挑戦されたり、鉄パイプ振り回しながら追っかけてきたりと、そんな感じでした。日曜日の真昼間に・・・というのは初めてでしたが、用心するに越したことはありません。

私が通過した後、その真っ黒なクラウンは通りに出てきました。2車線道路なので、ゆっくり走ってやり過ごそうと、道の左側に寄って、制限速度で走行。今日は友人と約束があるので、妙な事にはかかわりたくない、というのが本音でした。しかし、そのクラウンは私を追い抜かずに後方にピッタリと張り付いてきます。いやな雰囲気です。試しにちょっと加速してスピードを上げてみました。すると相手もそれに合わせて加速、後方5mを維持して張り付いてきます。減速するとさらに相手も減速。どうみても、狙いを定めているとしか思えません。周囲には、他に通行している車もなく、ガラガラの道路なので、普通の運転手なら2輪車は邪魔なので、さっさと追い抜くはず。鷹に狙われた子ネズミ1匹、隠れる場所も無し・・・そんな状況でした。

そっちがその気なら、やるしかないか。最高速で言うと、2輪車は4輪車には、かないません。しかし、加速は2輪の方が、車重も軽いので圧倒的に有利です。いっきに引き離して、戦意を喪失させるか、信号で引っ掛かっていただくか、どっちしろ現状のままよりはましです。相手が、そのまま近づいてきて、バンパーでバイクのおしりをチョンとつついただけで、こっちは命取りです。

ギアをいっきに2つ下げて、スロットル全開。体が後方に引っ張られるのを、足でふんばりながら、猛ダッシュ。バイクは咆哮を響かせながら、空気を割るように突き進みます。いきなりのできごとに、クラウンは一歩出遅れた形で、案の定追っかけてきます。しかも、私に追いつこうという勢いですから、その排気音も尋常ではありません。後方から迫って来るその音を聞いただけで、ノーマルのクラウンではないことは、すぐにわかりました。改造車です。

私にとって不運だったのは、その道が数キロはつづく直線道路だったことと、はるか前方まで他の車両がまったくいなかったこと。車が詰まっていれば、バイクは脇をすり抜けられるので逃げ道がありますが、これではどうしようもありません。しかも走っているのは一般国道。スピードを出して逃げ切るにも、危険すぎて限界があります。メーターをみると、すでに速度は時速100Kmを超えようとしています。このとき願ったのは、速度取り締まりの検問とか、警邏中のパトカー、白バイさん、出てきて~~おねがい、お助け~~(T_T) といった感じ。

引き離したのもつかの間、クラウンはいっきに間合いを詰めてきます。100キロを超えた速度で、ま後ろにクラウンが迫ってきました。そして、次の瞬間、後ろから怒鳴り声が・・・明日につづく(*^^)v

2007年5月10日 (木)

三途の川が見えた瞬間(2)

完全に2足歩行する動物は人間だけです。そのため、人の足の大きさは、他の動物に比べてとても大きくなっています。人の足のサイズは、その人の顔の大きさと同じだと言われています。試しに自分の靴を、顔の横にもってきて鏡を見てみましょう、同じくらいの大きさのはずです。

2足歩行するには、とてもバランス感覚が必要で、足が大きくないと、そのバランスが取れないことにあります。それと、他の動物は天敵に襲われた場合、逃げなくてはいけないので、足を大きくできない。そのために、2足歩行ができないのです。足のサイズが大きいと、接地面積が広くなってしまいます。そうすると、地面との摩擦係数が上がってしまって、速く走れないのです。ですから、足の速い馬や、チーターなどの動物は、体の大きさに対して、足のサイズは極端に小さくなっています。そのかわり、モモの部分がとても発達しています。

話がそれてしまいましたが、私たちは普通に立っているだけでも、上手にバランスをとって倒れないようにしているわけですが、そのバランスを取るために大きな役割を果たしている器官のひとつに、眼があります。私たちの体は、視線の方向に自然と重心を移す特徴があります。

せまい路地を自転車で走っていて、向かい側から同じように自転車に乗って来る人がいた時に、こちらが右によけると、相手も右に、左にかわすと相手も左に、しまいにはぶつかりそうになる・・・そんな経験はありませんか。これは、双方がお互いを見てしまって、見た方向に重心が移動するため、ぶつかってしまうのです。こういった状況では、自分が意識的に、道の左側をみて、相手を視界には捉えていても、見つめないようにすれば絶対ぶつかりません。

バイクでの事故回避の時も、同じ理屈で大事故を回避できます。車や障害物にぶつかりそうになった場合、その障害物を見てしまうと、吸い込まれるようにそれに向かって突進してしまいます。ですから、その場合は回避先の安全地帯を常に見続けるようにします。オートバイのレースを見ると、レーサーは常にカーブを曲がるときには、曲がる先に顔を向けています。バイクはまだ直進しているのに、頭は左を向いている、そんな感じですね。

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明日は、そんな理屈を体で学んだ体験談「三途の川が見えた瞬間」の本題に迫りたいと思います(*^^)v

2007年5月 9日 (水)

三途の川が見えた瞬間(1)

19歳の時からバイクに乗り始めて、はや20年近く・・・その遍歴をご紹介いたします。

まずは、乗り継いだバイクをご紹介。現在乗っているバイク以外は、写真がありませんので、画像の見れるホームページをリンクしてあります。

FZ250RG250γVFR400RFZR400RRSP(3TJ7)→TZR250R

004

これが、現在の愛車です。10年以上前に生産された中古車ですが、とても元気に走っております。19歳の時からお世話になっている、「オートバイク ショータ」さんで、整備してもらって新車のように生まれ変わりました。ショータさん自身のホームページがないので、情報を掲載しているページをリンクしています。このリンクページは、私のホームページではありませんので、お間違えなく^^;

最初に三途の川を見たのは、初めてバイクを買った時。まだ大学生だったのですが、親に内緒でローンで買いました。バイクはFZ250。このとき購入したお店はショータさんではなかったのですが、その後の整備はすべて面倒をみてくれました。契約から納車まで、約1か月待たされて、やっとご対面。天にも昇る気持で、エンジンをかけるとスムーズな吹け上がり。やった~~これで、自分の愛車が手に入った!と大喜びで、バイク屋を出発。どこに行くとかは、決めていなかったんですが、とにかく乗れるだけで大満足。

免許取り立てで、はじめて路上に出たわけですから、おっかなびっくりで、とにかく出発。ちなみに、2輪車の教習は路上教習はありません。全部教習所内の庭を走るだけです。つまりは、時速30km以上出した経験は、なかったわけです。しかし、購入したバイクは、レーサータイプの高回転エンジンを搭載した超レーシングタイプ。店から飛び出して、スロットルをキュっと回したとたん、体が後ろに飛ばされるかと思うほどの加速が・・・。

バイク屋の前の大通り、バイク屋から西に50m行ったところにガソリンスタンドがあるのですが、ちょうどそこから赤い軽自動車が通りに出てきました。今なら、あたり前に止まれる距離とスピードなのですが、その時は気がついたらバイクが車の横っ腹に突き刺さってました。もちろん私は路上であおむけに、天をあおいで真っ青な夏の空を見つめておりました。おかげさまで、私に怪我はなかったのですが、新車のバイクは50mでボロボロ。

とりあえず、50mバイクを押してバイク屋に逆戻り。店員さんが、「あれ~なんか調子悪いとこありましたか・・・うげげ~事故ったんですか~!まだ10分もたってないのに~!」と絶叫していました。修理代は軽自動車の方が出してくれたので、損失は何もなかったのですが、1か月待ちに待って、やっと手に入れたかと思ったら、10分でお別れ。その後修理でさらに2週間ほど待たされることに・・・(T_T)

ちなみに、当時私は親と同居していましたので、内緒でバイクを買った事は、数ヵ月後すぐにバレました。バイクは家の近くのマンションの駐輪場に止めて、隠してあったんですが、まだ社会的なシステムがよくわかっていないお子様でしたので、車両税の納付書が送られてくるなんて知らなかったのです・・・・・・まあ、事後承諾で許してもらったのですけどね^^;

2007年5月 8日 (火)

面接裏事情(3)

再就職の第一関門が面接です。これをどう乗り切るかで、第二の人生のスタートが気持よく切れるか、いきなりつまづくか、分かれ道ですね。

面接をする側から見た、選考基準についてお話したいと思います。

なんだか、えらそうな書き出しですが、実はこれは大したことではありません。みなさんも、今までに結構経験してきたことだと思います。例えば、学校時代に好きな友達同士でグループを作って、共同作業をしなさいと言われたとき、誰を誘うか、又はどのグループに参加したいか、その時の気持ちと同じです。作業の内容によって、誰を選ぶか考えたはずです。肉体労働なら、なるべく力持ちの人を、勉強に関する事なら成績の良い人を、と自然に選考していたはず。ただし、どんなに優秀な人であっても、この人だけは一緒にやりたくない、なんてのもあったはず。逆に、能力に関係なく、どんなことであってもこの人は外せない、ということも。

面接時に質問する内容で、お決まりなのが、志望動機や前職の内容などですが、実はこの答えに関しては、質問する側は何も期待していません。返ってくる答えも、ほぼ想像できます。では、なぜ聞くのか。それは、話し方を見ているだけです。初対面の人とどういう風に話をするのか。営業職や事務職は、接客や電話応対が主たる業務なので、どれだけ相手に対して好感を与えるか、そこを見ています。明るくハキハキと受け答えができているか、言いにくい事を適当にごまかしたり、嘘をついていると思われるような話し方をしていないか、そんなあたりをチェックしています。わからないことは素直にわかりませんと言った方が好感度は上がります。

人は、自分に対して不利な答えを要求されて窮地に陥ると、そのシグナルが態度に現れます。例えば、体が前後に揺れ始める、手のひらで腿をさする、口元が緊張する、視線を下げる、手をもむ、意味不明な笑顔を作る・・・などなど。こういった所作は一発で見抜かれます。堂々とした態度で、常に落ち着いていればOKなのですが、ではどうすれば落ち着いて面接が受けられるのか。それは、気持ちの持ちようです。

「お願い、あなたの会社に混ぜてください・・・お願いします・・・。」といった気持で面接を受けていると、必要以上に自分を良く見せようと思ってしまいますから、都合の悪い事を質問されたりすると、ドギマギしてしまうのです。そうではなくて、「あなたが必要とするのであれば、私が手を貸してあげましょう。今ならお買い得ですよ。ここで逃したら、同業他社に面接に行っちゃいますよ。私を敵に回すと大きな痛手ですよ。」くらいの気持ちで臨めばいいのです。面接官と入社希望者、どちらが主導権を握るか、そこがポイントです。

「うち以外にも、どこか面接を受けたり、または受ける予定がありますか?」という言葉が面接官から出てきたら、まずは成功したと思ってください。その場合の答え方としては、すでに他で面接を受けていたり、または受ける予定があっても、「今のところ、御社が最初の面接です。今後の面接に関しましては、御社で不採用であれば、次を探していくつもりです。」と答えておきましょう。そこでさらに、「できましたら、他社の面接はしばらく待って下さい。数日でお返事できますから。」と言われれば、内定をもらったと思ってください。

面接も人対人のイメージの攻防です。ちょうど異性を口説き落とすのと似ています。押しすぎず、引きすぎず、さりげなく自己アピールをして、ここぞというところで、「私にやらせてもらえませんか。」と力強く自分の気持ちをぶつけてみましょう。もしうまくいかなくても、会社なんて星の数ほどありますよ。次の出会いに賭けましょう(*^^)v

2007年5月 7日 (月)

面接裏事情(2)

ゴールデンウィーク中は掲載をお休みさせて頂いておりました。本日より再開いたします<(_ _)>

まずは、前回のペーパーテストのお答から。

(1)新潟・富山・岐阜・静岡・山梨・群馬   日本のヘソと言われるだけあって、隣接県も多いですね。

(2)1000分の1倍   1kmは1mの何倍か・・・なら1000倍ですが、ききかたが逆ですからこうなります。

(3) (解答例)「その件に関して、協力するのにやぶさかではない。」 よろこんで~する。という意味なのですが、実際にこの言葉を耳で聞いたのは過去に1回しかありませんが^^;

(4) この問題は、有名なアインシュタイン博士の唱えた、相対性理論の問題です。まず、間違った答えとしては、「光速より速く見える」です。もともと光速より速いものはないのですから、これはありえません。やや、おしい答えとしては、「速すぎて見えない。」・・・現実問題としては、確かにそうでしょう。時速100kmで走行する特急列車ですら、踏切の前で見ているとかなり速くて、車内の人を確認するのは難しいですから、光速で走る列車の中が見えるとは思えませんが、そう答えてしまうと問題自体が成立しません。正解は「外から見ている人から車内の人を見ると、列車が光速になった瞬間から、時間が止まってしまうのでマネキンのように固まってしまって、まったく動いていない状態に見える。よって、ボールを投げる姿は見えない。」というのが模範的な解答です。でも、実際はボールを投げているわけですよね。これはどういうことなのか。ここが、相対性理論のキモです。つまり、動いているものの中の時間と、止まっているものの中の時間は同じではないという理論なのです。では、ボールを投げた行為はどうなるのか。それは、その列車が駅に止まろうとして減速を始めた瞬間(光速でなくなった瞬間)から、いきなりビデオテープを早送りで見ているように、いっきに時間が進み始めます。そして、その列車が停止した瞬間に、両者の時間は元に戻ります。俗に言うウラシマ効果というやつで、玉手箱を開けた瞬間におじいさんになってしまうようなものです。

以上が、ペーパーテストの正解ですが、すべて正解できた人は、私が知る限りおりません。もちろん前回も言ったとおり、正解できる人を求めているわけではありませんから、それはいいのですが、一番つまらないのは答えがわからないからといって、白紙で何も書いていない答案です。入試ではありませんから、答えの書き方一つを取って見ても、自己アピールの場であると考えてください。

間違っているけれど、印象に残った解答。

(1) 沖縄以外はすべて陸続きとなったので、どこからでも長野県に入れます。

(2) 問題を書き間違えていませんか。1kmは1mの・・・ではないでしょうか?

(3) 「そこに通じる藪の道は、まっ平らなので、やぶさか(坂)ではない。」

(4) ボールがあまりの速さのため、火の球ボールになって燃えてしまう。

わからないなりにも、何とか答えようとする姿勢が大切です。わからないから何も書かないというのでは、実際に仕事に就いた場合でも、難しい事に直面したら逃げてしまう、失敗を恐れて何もしない、そういう人物像でとらえてしまいます。ウケをねらって答えろ、とまでは言いませんが、自分なりにそこで自己主張して欲しいものです。そのペーパーテストの解答を見た上で、面接に入りますからね^^;

明日は面接でのポイントをお話します (*^^)v

2007年5月 2日 (水)

面接裏事情(1)

6~7月は転職の最盛期を迎えるわけで、5月はその準備期間とされます。逆に、転職が少ない月は、3~4月、8月、12月です。春先は、新卒者が大量に社会進出しますので、求職自体が少ない、8・12月はボーナス月なので、もらってからやめる人が多いためです。6~7月に転職が多いのは、よく言う5月病というやつで、新卒者が、入社してみたけど思ってる会社と違っていたとか、人間関係に不満を持ち始める時期で、退職者が多く出る月だからです。

私は、とある会社で営業職と事務職の面接官をしていたことがあります。その時のお話をしたいと思います。これから、転職を考えている人は、参考にしてください!(^^)!

まず、大きな会社は必ず面接時にペーパーテストを実施します。表向きは、一般常識の有無を問うものですが、実はそんなものを見ているわけではありません。もちろん、高得点に越したことはないのですが、学校の入試じゃないんですから、ふつうの会社で働く上で、数学や国語の知識を必要とする場面は、ほとんどありません。しかも、テストの内容は、一般常識的に見えて実はものすごく難しい問題だったり、すごいひっかけ問題だったりします。もちろん、面接官をしていた頃は、テストも私が作っていました。

どんな問題を出していたか、ちょっとご紹介しますね。

Q1 長野県に隣接している都道府県をすべて答えなさい。

Q2 1cmの100倍が1mです。では、1mは1kmの何倍でしょう。

Q3 「やぶさかではない」という言葉を使って、短文を作りなさい。

Q4 時速80kmで移動する電車の中で、進行方向に向かって時速100kmでボールを投げると、電車外の地上で見ている人からは、ボールは時速180kmで動いているように見えます。現在、我々の住む世界では光の速度が最も速く(秒速30万km)、それ以上の速さのものは無いとされていますが、仮に光速で移動する電車があるとして、その中で進行方向に向かって時速100kmでボールを投げると、電車外の地上から見る人には、ボールはどう見えるか答えなさい。

問題の答えは、明日お知らせするとして、なぜこんな問題を出すのか?それは、落とす時の理由にするためです。実際、面接の際に重要視するのは、学歴や知識ではありません。もちろん、技術職や他の職種ではどうかわかりませんが、事務・営業職に関しては、着眼点がちがいます。履歴書も提出してもらいますが、書かれている学校を本当に卒業しているか確認したこともありませんし、以前の職歴に書かれている会社に問い合わせたこともありません。

ただ、中に不採用になった人から、「なぜ自分が不採用なのか、その理由を明確にお答えいただきたい。その内容によっては、社会的差別や人権侵害で訴えるぞ。」などと、難癖をつけてくる輩がいるんです。そういう人に、「こんなお粗末な得点では、当社としては採用できません。」ときっぱりお断りするための材料とするのです。もちろん、ほとんどの人がお粗末な点数なのですが、他の人の得点を公開する義務はありませんからね(*^^)v

じゃあ、何を持って 採用・不採用を決めるのか。明日のお楽しみ !(^^)!  

2007年5月 1日 (火)

謎の大家(3)

会社の中に入ると、一応社員の方々はスーツを着ていらっしゃるのですが、坊主頭だったりパンチパーマだったり、なかなか圧倒される雰囲気だったのですが、物腰は非常に丁寧で、

「どぅぞ。奥で親父・・・いや 社長がお待ちかねっす。ささ、こちらへ。」

奥の部屋に入ってびっくりしたのは、床にトラの敷物があったことです。テレビや映画ではおなじみですが、まさか本当に敷いてあるとは^^;

まあ、ここまで書けばお分かりかとは思いますが、大家さんはその筋の方であったわけで、正直マンション経営していることに驚きました。しかも、そのマンションはとても良心的で、家賃も比較的安く、入居者からのクレームも即対処する、模範的な大家さんだったのです。組・・・いや社長とお話をしていると、その件に関しての話題が出ました。

「まあ、今のご時世、切った張ったでは、おまんま食えんのですわ。ある程度の、固定的な収入をきちんと確保せんと、会社が成り立たんっちゅう訳でしてな。ただ、一番心配なのは、大家が実はこんな商売やと知れてしまうと、入居者が付きまへんやろ。ですから、お宅様のような信頼のおける業者さんに、表に立って頂いとるちゅうことで、いつも感謝しとるんですわ。ですから、入居者とのトラブルが一番怖い。大家に文句言いに出向いたら、事務所やったじゃ、元も子もないですさかいな~。」

なるほど。ある意味で、普通の大家さんの方が、ケチだったり理屈が通らなかったりすることが多いのに、逆にめちゃくちゃ良心的である裏には、そんな苦労があったとは^^;

話の中で、「今のご時世、素人さんのほうが、ごっつえげつない事しよるですよ。うちらは、下手打つと、お上に会社ごと持っていかれてしまいますさかいな~がはは。」

そういうことも、事実ありですよね~。世の中の複雑なしがらみを垣間見た一瞬でした(*^^)v

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