テレビゲームの歴史(1)
テレビゲームの歴史と言っても、難しい事を語るつもりはありません。私が体験したことに基づいての内容ですから、場合によっては、ある地域独特のものであったり、正確でない部分もあろうかと思いますが、その点はご了承ください <(_ _)>
生まれて初めて、テレビゲーム(ビデオゲームも含む)に出会ったのは、子供のころ、父親に、「おもしろいものがあるからついて来い。」と言われて、入った喫茶店でインベーダーゲームをやったところから始まります。まだ、世の中にゲームセンターなどなかった時代です。父親はちょっと変わったところがあり、大学生の時に車の免許を取ってもよいか?と尋ねたところ、バイクの免許も取るなら、講習料を全額負担してやると言われて、いやいやバイクの講習もセットで申し込んだという、いきさつがあります。当時の私は、バイクには全く興味がなかったのです。まあ、父の話は日を改めるとして、そこでやったインベーダーゲームの おもしろいことったらありゃしません。世の中にこんなに楽しい玩具があるのかと、子供ながらに感動しました。
そして、俗に言うファミコン時代が到来します。実は、家にファミコンを持ち込んだのは、またまた父でした。毎日、仕事から帰ってくると、テレビの前で麻雀ゲームをしておりました。父は、自分でおもちゃ屋に行って、
「家でインベーダーゲームは、できないのか?」と店主にきいたところ、
「インベーダーゲームは無理ですが、これからはこの機械の時代ですよ。まだソフトは少ないですが、間違いなくこの機械の時代がやってきます。」
そう言われて、買い込んできたのである。その話を聞いた時は、うまいことおもちゃ屋のおやじに丸めこまれたな、どうせ数本ソフトが出たらそれっきりで、そのうち飽きるに違いない。そうなったら、そのおもちゃは私の物だ、むふふ と密かに喜んでいたのですが、期待は大きく裏切られることとなります。
そうこうしているうちに、駄菓子屋の店先や、大きめのスーパー、デパートの屋上などに、ビデオゲーム機が並ぶようになります。ドンキーコング、ギャラクシアンなどが、一世を風靡した時代です。ゲームセンターという名称の店舗は、まだ出てきてはいませんでした。学校帰りの子供たち(小~高校生)が、お菓子にたかるアリのように、ゲーム機に群がっていました。その様子を見ていた、駄菓子屋のおやじが、ガレージを改装して、ずらりとゲーム機を並べ始めたのが、私が記憶するゲームセンターの始まりです。テレビの画面を見て遊ぶという、特殊な環境のため、室内が明るいと、画面に光が反射して見にくくなるために、室内はとても薄暗く、今で言うサイバーな世界の幕開けでした。暗く、埃っぽい室内に響き渡る人工的な音とリズム、テレビ画面の明りに照らし出される顔しかみえない人影、黙々とうつむいたまま手だけを動かし続ける子供たち・・・いつしかこんな世界にどっぷりと浸かっていきました。
心理学の世界の言葉で、「異界との出会い」というものがあります。ちと宗教的な内容になりますが、異界とは、簡単に言うと神の世界のことです。(厳密に言うと違いますが、まあ大学の授業ではないので、細かい事は気にしないでおきましょう。)神の世界に近づくために、重要な環境として、「ほの暗さ」が必要とされています。そのため、日本の寺院の本殿などに入ると、かなり暗い感じがするはずです。キリスト教の教会あたりも、天井を高く取り、ガラスはステンドグラスを使用して、直射日光が入らないようにしています。この、ほの暗い環境で、無心になることで、異界の扉が開かれるわけです。仏教的には悟りを開くといいます。
当時のゲームセンターは、まさにこの要素を十分満たしておりました。宗教観など全くない若者が、吸い込まれるようにゲームセンターに引き寄せられていったのは、単にゲームが面白いから、それだけの理由では無かったように思います。中にいると、妙に心が落ち着くんです。今のゲームセンターは、非行・犯罪防止の観点から、室内はとても明るく、清潔になりました・・・しかしながら、そうなってしまってからゲームセンターの没落が始まったのです。そして、いまやゲームセンターは、カラオケボックスやコンビニに姿を変えつつあります。一般的には、家庭用ゲーム機の普及が挙げられますが、ゲームセンターが大盛況だった時代に、すでにファミコンは絶世紀だったわけで、それが衰退の理由とは思えません。
明日も、もう少しゲームのお話を続けたいと思います (*^^)v



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