フォト
2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

オンライン状態

無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月29日 (金)

謎の特効薬(3)

『催眠術』って、本当にかかるんでしょうか?テレビのバラエティ番組でやっているような内容は、ちょっと信じがたいものがあります。

「あなたは、ハトにな~る。体がどんどん軽くなって、ほ~ら、自由に空が飛べます。」と言われたタレントが、両手をパタパタ上下させて、さも鳥のようにスタジオを動き回る・・・。これは、かなり嘘っぽいと、私は思います。まあ、私自信、催眠術をかけられたことがないので、事の真偽は確かめようがないのですが、ちょっと信じられません。

ただし、『暗示』については、実際に心理的な影響を強く残すことは、実証されています。その暗示をかける手段のひとつとして、『催眠』が利用されるという点については、理解できます。こういった場合、催眠術と言うと、怒られます。「術」では、ないそうです^^;

嘘の上手な人・・・あまり感心できませんが、こういった人は、まず自分自身に嘘をつくことから入ります。つまり、ボロが出ないように、自分自身に嘘の情報を信じ込ませるわけです。意識的にこの行為を繰り返す人は、「虚言癖」と言って、一種の精神的な疾病に分類されます。自己暗示の悪用の一種です。

逆に、外的要因で強制的に暗示にかけれれるケースも存在します。「催眠商法」や、「洗脳」、あと刑事事件などで後に冤罪となるケースにおける、自白の強要なども、場合によっては、強制的に暗示にかけられていると言ってもいいでしょう。

一方的に、悪い面ばかりを強調してしまいましたが、暗示を上手に利用すると、本来持っている力を120%以上引き出すことも可能です。子供の能力を引き出すのが上手な先生や、運動部の監督、いっきに会社の業績を伸ばした社長など、人材育成の上手な人は、無意識のうちに相手のやる気を引き出しています。

こういった人たちは、単純に相手を褒めちぎるわけではありません。まずは、相手に対して、試練を与えます。いわゆる特訓というやつです。そこで、挫折しそうになった瞬間や、その特訓を乗り越えた瞬間に、巧みに暗示をかけます。

「あなたは、やればできる人だ。私はそう信じている。」

その一言が、言われた本人にとって、大きな自信へとつながり、さらなる高みを目指そうとやる気が出るわけです。そして、一番重要なことは、その言葉を発した指導者本人も、自分自身に暗示をかけて、「こいつは伸びるやつだ。」と思いこむ必要がある事です。表面だけ取り繕ったような言葉では、人の心を動かすことはできません。そう、思いこむことができるかどうかが、優秀な指導者になれるか、なれないかの分かれ道となります。信頼と言う言葉は、一方通行では成立しません。人を信じる心があって、はじめて自分を信じてもらえるわけです。

来週は、また別な話題をとりあげていきます。お楽しみに(*^^)v

2007年6月28日 (木)

謎の特効薬(2)

道中は、かなり暑い思いもしまいたが、とりあえず無事目的地に到着。薬の効果はばっちりでした。副作用もほとんどなく、本人もびっくりするくらい効き目がありました。

帰りにも、きちんと服用して、全く車酔いすることなく、解散となりました。解散場所で、彼女が尋ねてきました、

薬の名前を教えて欲しい。この薬があれば、車に乗ることに何の不安もない。今まで、こんなに効き目があった薬は初めてだと。

そこで、私はポケットから、黄色い錠剤の詰まった、小さな薬瓶を取り出すと、彼女に手渡しました。

「何これ?ビタミン剤じゃない。冗談はやめて。意地悪しないで教えてよ~。」

「君が飲んだのは、正真正銘ビタミン剤さ。酔い止めでもなんでもない。」

最初は、全く信用しませんでしたが、私の話を聞くうちに、彼女も納得していきました。これは、医学用語でいうプラシーボ(プラセボ)効果と呼ばれるものです。専門的にも意見は分かれるところですが、思い込みによる病には効果は十分あると、私は思います。

小さな子供は、よく車に酔います。これは、まだ内耳が成長過程にあるため、三半規管の働きが甘く、長時間車に乗ると、酔ってしまうのです。それと、体が小さいために、外の景色がよく見えないので、車内ばかりを見てしまうことも原因の一つです。しかし、年齢と共に、自然に車酔いも克服されていくのですが、普段からあまり車に乗る機会が少ない子供が、そのまま成長してしまうと、「車に乗ると酔う」という暗示にとらわれてしまいます。いくら、自分で大丈夫だと思いこんでも、意識の片隅にある不安が、当時の記憶を呼び覚まし、実際は車酔いしていないのに、気分が悪くなることがあります。

人間の体は、意識に大きく左右されます。たとえば、梅干しを思い出しただけで、口の中に唾がたまってきて、なんだか酸っぱい感じがしたりするものです。彼女の場合も、同様に、車に乗ると、吐いた時の記憶が呼び起こされて、その記憶だけで気分が悪くなることが、繰り返されていたものと思われます。

すでにかかってしまっている暗示を解くには、新たな暗示をかける必要があります。しかし、そこで注意しなければならないのは、一方的に都合のよい内容では、100%の信用は得られません。数%でも、疑心があるとなかなか暗示はかかりません。元の暗示から気をそらす必要があります。そこで、この薬には副作用があると言ったのです。言われた本人は、車に酔うことよりも、トイレに行きたくなることや、寒気がすることに気を奪われて、本来の車酔いの事にまで気がまわりません。しかも、トイレ休憩と称して、たびたび車を止めて、休息を取ったり、冷房を止めて外気をそのまま車内に入れることで、気分を落ち着かせたりしていましたので、さらに効果は上がったというわけです。

優秀なスポーツ選手などは、試合前にイメージトレーニングを必ずやります。これも、一種の自己暗示効果を狙ったものです。

明日は、この暗示について、もう少し心理学的にお話していきたいと思います。(*^^)v

2007年6月26日 (火)

謎の特効薬(1)

学生時代に、いつもいっしょに遊んでいる、男女仲良し5人組があった。居酒屋に飲みに行ったり、海水浴やお祭り、いろいろと、つるんで遊んでいました。ただ、一つだけ問題がありました。それは、グループの中の一人の女の子が、異常に車酔いすることでした。30分以上、車に乗っているとだめ。見る見る青ざめてきて、ゲロゲロやりはじめちゃうのです。ですから、遠距離ドライブや旅行は御法度でした。

ある年の夏休み。隣県に新しいレジャー施設がオープンして、みんな行きたがっておりました。ただ、問題なのは、道中が車で片道約3時間かかることでした。すると、その車酔いする女の子が、「私はいいから、みんないっといでよ。」と言いだしました。みんな、どうするか迷っておりましたので、私が「なんとかなるよ、みんなで行こう。集合場所には必ず全員で集まること。」そういって、約束を交わしました。

出発の当日、例の女の子も、ちゃんと来てくれて、まずは一安心。他の友達が私に耳打ちします。

「本当に大丈夫かよ?車酔いで3時間は地獄だぞ。しかも、帰りもあるし。」

「まあ、まかせとけって。たぶん、うまくいくはずさ。特効薬持ってきたから。」

他のみんなも、楽しさ半分、不安が半分といった感じでした。

「一応、朝ごはん食べないで来たよ。また、吐いちゃうと、みんなに迷惑かけるし。もし、どうしてもダメなときは、降ろしてくれていいよ。帰りにまた拾ってくれればいいから。降りた場所で待ってるから・・・。」

おっと、いきなりネガティブな発言が。そこで、私はすかさず、

「それは、まずいな。実は、医療用の特別な酔い止めを、医学部の先輩に頼みこんで横流ししてもらったんだけど、副作用も強くてね。しかも、絶対空腹時に飲用しないことって言われてるんだ。まずはみんなで、いつもの喫茶店にモーニング食いに行こうぜ。」

そう言って、元気よく朝食を取ることになりました。

食事をとったら、いざ出陣。私は薬を彼女に渡しながら、皆に言いました、

「この薬は、特別な薬で、普通は市販されてないものなんだって。患者さんを病院から病院に移送する際に、車に弱い人に特別に飲ませる薬らしいよ。本当は、お医者さんの許可がないと飲ませられない薬なんだけど、特別に内緒でもらってきた。ただし、副作用も強くて、車には酔わない代わりに、頻繁にトイレに行きたくなることがあるんだって。もちろん、個人差はあるらしいけど。だから、トイレに行きたくなったら、我慢せずに、すぐに言ってね。ドライバーは常に、トイレ休憩を考えながら、45分ごとに止まること。それと、体温が下がって寒気を感じることがあるらしいから、車内の冷房は切るね。みんな暑いかもしれないけど、頑張ろう。一人だけが苦しい思いをするんじゃなくて、みんなでいっしょに乗り切ろう。」

そして、彼女が薬を飲んだのを確認して、さあ出発進行~~!

明日につづく (*^^)v

2007年6月25日 (月)

不思議な話

私が子供のころには、世の中には不思議な事がたくさんありました。UFO、ネッシー、雪男、ノストラダムスの大予言、超巨大遺跡、などなど。テレビや雑誌などでも、大きく取り上げられて、話題を呼んでいました。

私が記憶する限りでは、最後の超常現象は、ミステリーサークルでしょうか。農場に浮かびあがる、奇妙な幾何学模様。当時はUFOの着陸跡だとか、様々な憶測を呼びましたが、結果は・・・リンク先の記事を参照してください。

エジプトのピラミッドなども、その巨大さや、建造された年代などから、大きな謎とされていましたが、現在ではかなり解明が進み、まじめに考古学上の建造物として研究がなされています。

UFOを除く、他の超常現象は、結局のところ、人が誰かを驚かそうと思って、仕組んだことである事が、時代と共に明らかになっていき、人々の関心も薄らいでいきました。私は、こういった、明るい嘘は、大いについて欲しいと望む側です。見たり、聞いたりしている側も、とても嘘っぽいと思いながらも、引きつけられてしまう。そこには、ある種の夢が存在するように思います。しかしながら、現在の我々の社会の中では、利益を求めた嘘、暗い嘘が横行しています。テレビ番組が視聴率を確保するために、番組内容をねつ造したり、高価な肉を安く売りますと言って、実はもっと安い肉だったり、悪意に満ちた嘘がまかり通っています。

子供のころに、よくテレビ番組で、「とうとう捕獲か?!ネス湖の珍獣」とか、「地球外生命体をついに捕らえた!」などのタイトルが使われていましたが、それを嘘だとか、ねつ造だとか訴える人はいませんでした。多少バカにして、揶揄する評論家はいましたが、普通に考えて、真実ならば、番組になる前に新聞やニュースで報道されるはずで、見ている方も娯楽番組と見切って視聴しているので問題はなかったのです。しかし、それを報道番組に近い世界(情報番組)でやってしまったら、これは悪意のある嘘に様変わりしてしまいます。

昔は、超能力だとか、予言だとか言ってたものが、超魔術やよく当たる占い師に変わってきています。世の中が、嘘を許さない体質に変化していった表れでしょうか。明るい嘘がもてはやされた頃、ちょうど我々の社会が、高度成長期から安定期に向かい始め、バブルの入り口が見え始めていた1980年代。それからバブル崩壊で景気がドン底にまで落ち込んで、いいかげん不景気な状況に慣れてしまいつつある現在。

そろそろ、おもいっきりデカイ、明るい嘘が世の中を覆って欲しいものです。たとえば、「実在していた!ドラ○モン!」とか「2010年 月からかぐや姫が舞い戻り 環境破壊した人類に恐怖の鉄槌が!」とか・・・番組になったら見ますね~思わず録画予約入れちゃいますね~。夢と希望のある社会を早く取り戻したいものです (*^^)v

2007年6月22日 (金)

飛行機の航法について(5)

世の中探せば何でもあるもので、大型ジェット旅客機の操縦マニュアルも、市販の書籍として販売されています。

イカロス出版 『旅客機操縦マニュアル』1,890円

この本は、操縦席内の機器の説明も、イラスト入りでかなり詳しく書かれています。エンジンをかけるところから、順を追って、管制塔とのやりとり、運行前のチェックリスト、離陸、巡航、着陸と、詳細に記されています。

実際にこの本を読みながら、旅客機を操縦しようとする人はいないとおもいますが、過去に青年がコクピットを制圧して操縦かんを握ったという事件はありました。(全日空ハイジャック事件)この青年は、PCソフトのフライトシュミレーターに熱中しすぎたあまり、実際に操縦かんを握りたくなったと報じられていますが、本物に乗りたければ、航空大学校を目指しましょう。

自家用の小型機の免許であれば、民間のフライトスクールで取得が可能です。ネット検索で、「フライトスクール」と打てばいっぱい出てきます。ただし、ほとんどの学校が、海外での免許取得システムを採っています。これには、日本国内での航空機に関する規制が関与しています。たとえば、国内の一般の空港で訓練をするばあい、着陸1回に付き1000円の着陸料金を空港に取られてしまいます。ILS(着陸誘導システム)も、有料です。すべての講習を、国内で行った場合、順調にいっても、教習料だけで総額500万円ほどかかってしまいます。

その点、海外ならば、プライベート空港がありますので、自由に訓練が行えるため、経費も安く済みます。渡航費用や、滞在費用も含めて、免許取得にかかる経費は、250万円くらいに抑えられるそうです。

あと、自家用小型機の免許取得の場合、生涯飛行訓練時間が50時間に達すると、実地試験を受ける資格が得られます。通常は100時間ほど訓練します。ここでのポイントは、生涯飛行時間という点です。自動車の教習所などは、半年以内に実地試験を受けないと、それまでの講習が無効になってしまったりしまいますが、飛行機の場合は、ログブックという手帳に、飛行時間を記載して、それが生涯通用しますから、10年かけて免許を取る、なんてことも十分可能です。

年に数回に分けて渡航し、訓練を受けている方もたくさんいらっしゃいます。もちろん、教官は日本人ですから、言葉の心配はいりません。ただし、実地試験の際の試験官は、地元の方ですから、ある程度の会話能力は必要になります。試験官が様々な指示を、飛行中に出してきますので、その内容がわからなければどうしようもありません。そこで、最近流行しているのが、中国での免許取得です。まず、滞在経費が非常に安価で済むということと、試験官が中国人のため、試験の際に中国語の通訳を同乗させることが許可されています。これなら、日本語でOKなわけです。英語圏での試験の場合は、通訳は同乗できません。

あと、訓練を受ける際に気をつけることは、訓練飛行する際にも、航空身体検査を年に1回受けることが義務付けられています。もちろん、免許取得後もです。これに合格しないと、訓練すら受けることはできません。しかも、健康保険がききませんので、検査料で約3万円ほどかかります。それと、特殊な検査をしますので、その設備を整えてある、専門の病院でないと受診できません。

視力検査がやはり、一番の壁でしょうか。自動車の免許の場合は、矯正視力で0.7見えていれば問題ありませんが、航空身体検査の場合、矯正の度数も制限されます。つまり、いくら矯正して(メガネをかけて)合格視力に到達しても、牛乳瓶の底のような、ごっついレンズではだめだということです。ですから、実際に検査を受ける前に、メガネをかけている人は、自分の矯正視力と、矯正度数をメガネ屋さんで量ってもらって、確認しておきましょう。そうでないと、3万円も取られたあげく、不合格なんてトホホなことになってしまいます。

空を自由に飛び回る・・・なんてのは、色々な面で、まだまだ難しいようです。しかし、5~60年ほど前なんて、自家用車なんて考えられなかった時代で、それが今や、一家に一台どころか、家族一人に一台のような時代になっています。近い将来は、一家に一機時代が来るかな~? 飛行機と言うより、自動車が空を飛ぶ時代が来る方が早いかもしれませんが^^;

2007年6月21日 (木)

飛行機の航法について(4)

バスや電車の運転手さんは、「定刻」という言葉に敏感になります。タクシーの運転手さんは「燃費」という言葉に敏感になります。どちらも、営業運行上の重要な要素だからです。時間がむちゃくちゃな電車では、利用客から不満が出ますし、極端に燃費の悪い車では、タクシー会社は儲かりません。

旅客機のパイロットはどうでしょうか? 実は、パイロットの場合、この両方の要素が、個人の勤務成績に大きくかかわってきます。大きな空港の場合、混雑時に誘導路上で離陸を待たされる場合があります。チェックインやら手荷物検査やら、長々と待たされた上、やっと飛行機に乗り込んだかと思ったら、滑走路上で20分ほど待たされる。イライラした経験はありませんか?この時、一番イラついているのは、操縦席の機長なのです。飛行機は、目的空港に到着後、折り返し運航で出発空港に戻ることが一般的です。つまり、出発時に遅れると、その便の到着が遅れるだけではなく、次の出発も遅れることとなり、連鎖的にどんどんスケジュールがずれこんでしまいます。

そこで、機長は巡航高度に達したときに、スピードを上げて時間を取り戻そうとしますが、やりすぎると燃費が悪くなってしまいます。

旅客機の場合、離陸後に目的高度まで到達すると、あとは自然に降下しながら目的地を目指すという形で飛行します。自然に降下することで燃料の消費を抑えることができるからです。急な上り坂を自転車でいっきに登りきって、あとの下りは、ペダルをこがなくても、ら~く楽ってな感じです。

人が、大きな判断ミスをする場合というのは、ほとんどのケースで、自己中心的な考えに陥ったり、自分に都合よく立振舞ったりしたときに起こります。

順調に飛行を行っている最中に、レーダーが前方に大きな雨雲をとらえました。この雨雲を避けるためには、いったん高度を上げる必要があります。しかし、高度を上げるということは、エンジンの出力を上げて上昇しないといけませんから、余分に燃料を消費することとなります。日頃から、会社の方針で、低燃費飛行をうるさく言われていた機長は、これくらいの雨雲なら突っ切っても問題ないだろう、と判断して、結果 乱気流に巻き込まれて事故になる。

空港に着陸する際に、急な追い風をくらって、通常よりも速い速度で、着陸する状況に追い込まれた。安全を優先するならば、いったん着陸を中止して、再度やり直すべきなのに、それをすると間違いなく定刻には到着できない、余分に飛行することになるので燃料も食う。これくらいの速度なら、十分着陸できるはずだ、と判断して、結果 滑走路をオーバーランして、防護フェンスに激突。

多くの事故は、人災であることが挙げられています。営利優先の思考では、安全運航は望めません。安全というのは、こころの余裕があって初めて得られるものです。これは、航空機に限らず、車の運転でも言えることでしょう。他人を思いやる気持ちを忘れずに、心にゆとりをもって車は走らせましょう。

明日につづく (*^^)v

2007年6月20日 (水)

飛行機の航法について(3)

20年ほど前までは、大型旅客機の操縦は、4人ひと組で行われていました。機長、副操縦士、無線通信士、機関士の4名です。機長、副操縦士は今と変わりませんが、無線通信士は、管制との通信業務を一手に引き受けて、機関士はエンジン出力のコントロールなどを担当していました。古い飛行機パニック物の映画を見ると、操縦室に4人座っています。

現在は2名運航となっていますが、実質は1名でも十分飛行は可能です。あと、着陸空港に自動誘導システムが完備されていれば、理論上はパイロットは不要です。ヨーロッパなどで霧の良くかかる空港などには、実際にその設備が導入されています。もちろんパイロットは乗っていますが^^; 通常の誘導システム(ILS)は日本のほとんどの空港に導入されています。ただし、ILSは、滑走路が目視できる距離までの誘導で、ある一定の高度で、操縦は手動に切り替わります。着陸する最後まで誘導してくれるものではありません。

4人での運航から将来は無人? この陰にはコンピューターの目覚ましい発達があります。今の旅客機はコンピューターの塊が飛んでいると言ってもいいくらいです。それまで人間が手作業で行っていた様々な煩雑な業務を、すべてコンピューターが肩代わりしてくれています。

実際、パイロットが操縦かんを握っているのは、離陸してある程度の高度に上昇するまでと、着陸態勢に入って、地表がはっきり見え始めてから、着陸するまでの間くらいです。一般的に航空事故が多発する「魔の15分」と呼ばれるものがあります。離陸から15分、着陸までの15分。この15分だけ手動操縦なのです。それ以外の時間は、すべてオートパイロット(自動操縦)に切り替えて、パイロットは計器のチェックと、ルート上の気象の確認作業を行っています。

パイロットは出発前に、機内にあるオート・フライト・コントロール・システム(AFCS)に、これから飛行するルート上のウェイポイントと呼ばれる無線施設をコンピューター内に打ち込み、飛行ルートをコンピュータに入力します。(参考 フライトプランの作成)←これは、マイクロソフト社が販売している、PC用ソフト『フライトシミュレーター』内での操作ですが、実際の操作とほとんど同じです。

ですから、最近のパイロットは、操縦士というよりもコンピューター技術者といった色合いの方が強くなってきました。現状では着陸まで誘導してくれるシステムは、空港と航空機、双方に多額の設備投資が必要なため、実現化はされていませんが、将来これがすべての空港に導入されれば、パイロットは本当に技術者になってしまうかもしれませんね。

明日につづく (*^^)v

2007年6月19日 (火)

飛行機の航法について(2)

有視界航法で小型機を飛ばす場合に、必要なのが、チャートと呼ばれる航空機専用の地図です。地上には、航空機を運航するための援助施設として、無線局が設置されています。その無線局は、常に一定の電波を発していて、飛行機に取り付けられている専用の無線機を通して受信すると、今自分のいる場所から見た、その無線局の方位がわかるようになっています。チャート上にはその無線局の位置と、周波数チャンネルが記載されています。空の上の見えない道路標識のようなものです。

単純にいえば、自分の現在位置がわからなくなった場合、無線局が北の方向になるようにまっすぐ飛行して、その位置が南に変わった瞬間、自分が無線局の上を通過したこととなり、地図を見れば自分の位置が確認できることになります。実際は、三角測量法という計測方法を用いて、自分の位置を計算します。

現在は、カーナビで使用されているGPS(全地球測位システム)の機材が搭載されていれば、空の上でも迷子になることはありません。ただし、操縦免許を取得する場合は、実技試験で三角測量をやらされます。

あと、チャート(航空地図)は単に位置を確認するためだけの物ではありません。あまり知られていない事ですが、空の上には立ち入り禁止空域がかなりあります。そのエリアが、地図上で、赤く塗られていて、誤ってその空域に立ち入らないように警告してあります。有名なところでいうと、皇居の上空は飛行禁止です。あと、意外に多いのが、米軍の演習空域です。もちろん自衛隊の演習空域もありますが、日本の国土を取り巻く海の上空は、ほとんど米軍の演習空域になっていると言ってもいいくらいです。有視界航法の場合、自機を管制側がレーダーで監視していませんから、誤ってその空域に入り込んでしまっても、誰も注意してくれません。たまたま、その時に米軍の戦闘機が模擬訓練を行っていて、発砲した機銃の弾が命中して墜落したとしても、文句は言えなくなります。

あと、余談ですが、空の上にも、もちろん交通ルールは存在します。車を走らせていて、いきなり後方からきたパトカーに停止を呼びかけられて、停止すると、スピードオーバーで点数を引かれ、さらには罰金を取られる、なんて苦い経験ありますよね。さすがに空の上には、パトロール飛行機というのはありませんが、他の航空機からの申告により、免許取消や罰金を取られる事は実際にあります。たとえば、飛行場に着陸する際に、運行中の旅客機が迫っていると、着陸を待たされる場合があります。その際は、旅客機が着陸するまで、自分は飛行場の周りを周回しながら待っているのですが、ぼんやりしていると、その旅客機の着陸コースに入ってしまい、着陸を妨害するようなことになってしまうケースが起こります。そこで、相手の旅客機側のパイロットが、こちらの危険行為と指摘すれば、罰金が課せられたりするわけです。

明日は、大型旅客機の運行システムについて話したいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月18日 (月)

飛行機の航法について(1)

当ブログのカテゴリーの中で、飛行機ネタが意外にも閲覧率が高いため、今週はその話題を再び取り上げたいと思います。

私たちが、知らない街を旅する場合、必需品となるのが地図です。これは、上空3000mを小型機で飛行する場合も同じ事です。空の場合は、道路があるわけではありませんから、道に迷うという表現はピンときませんが、意外にあせるのが、着陸予定の空港が見つからない場合です。

小型機の航法(飛行方式)には、2種類あって、ひとつが有視界飛行(VFR)と、もうひとつ計器飛行(IFR)があります。どの方式を取るかは、出発前のフライトプランにて、明確にして許可を得なければなりません。有視界飛行の場合は、比較的手続きは簡単ですが、飛行する上で大きな制約を受けます。あくまでも有視界というのは、レーダーを使用しないで、パイロットの目視により飛行をするものですから、視界が悪い場所への立ち入りは禁止されます。つまりは、雲や霧のかかっている場所は飛べません。なにより、操縦している方が恐ろしくて突っ込んでいけません。かなりのベテランパイロットですら、雲の中で計器を見ないで目視だけで飛行していると、上下左右の間隔が麻痺してきます。まっすぐ飛んでいるのか、曲がっているのか、上昇しているのか下降しているのかわからなくなります。これを空間識失調(バーティゴ)と呼びます。

身近な例でいうと、電車に乗り込んで、出発を待っている時に、真横に止まっていた反対方向に進行している電車が、動き出したのを見て、自分の方の電車が動き出したと思いこむことがよくあると思います。その電車が通り過ぎて、景色が見えたとたん、ありゃ、まだ動いてないや、っていうことよくありますよね。これも空間識失調の一つです。人間は視覚から得られる情報によって、自分の位置を認識します。その情報が誤っていると、止まっているのに動いているように感じたり、まっすぐのつもりが、傾いていたりするわけです。

ですから、雲の中をまっすぐ飛行していても、雲が風に流されて、左から右に移動していると、自分が左斜め前に動いているような錯覚に陥ります。左右ならまだしも、天候が悪化して、雲が地表近くに下がりつつある状況で、その雲の中に突っ込んでしまうと、同じように自分はまっすぐ飛んでいるのに、雲が上から下に移動しているため、自分がどんどん上昇しているような気になって、機首を下げてしまいます。それにより、本来なら衝突しないはずの高さの山にぶつかったり、地表に墜落したりしてしまうわけです。

その点、計器飛行の場合は、自分の位置や高度が常に最寄りの航空管制により監視されていますから、自分がミスをおかしても、管制官が注意を促してくれるので、安全です。現在の旅客機はすべて、計器飛行方式となっております。ただし、この方式を取るためには、専用の機材が必要となり、小型機の場合、その設備がついていないと、有視界飛行しかできません。しかも、出発前のフライトプランに、飛行経路や飛行高度、飛行予定時間など、細かく記載して、しかも そのとおりに飛行しないといけないので、のんびり気ままな空の旅・・・というわけにはいきません。まるで、路線バスの運転手さんになったような気分です ^^;

明日も、もう少し話を進めていきたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月15日 (金)

FFXI について(3)

FFXI について、書き留めようと思うと、それだけでブログが出来上がってしまうくらい、書きたいことがたくさんあるので大変です。実際に、ここ(ココログ)のカテゴリー内に、「FFXI」が存在するくらい、すでに市民権を得ています。各世界(ゲーム内のワールド)の中で、常時3000人ほどが接続して遊んでおり、その世界が30近くあるわけで、製造元のスクエア・エニックスの公式発表では、登録者数は100万人近くなっております。

オンライン化されたゲームの、おもしろいところは、未完成な作品であるところにあります。定期的にバージョンアップされたり、追加のシナリオディスクが発売されたり、遊ぶ側を飽きさせない工夫が見受けられます。通常のRPGであれば、速い人なら24時間、じっくり遊んでも50時間もあれば、ほとんどエンディングを迎えてしまいます。ストーリーも一本道ですから、もう一回最初から遊んでみよう、という気持ちには、正直なりません。FFXIの中には、自分が遊んだ時間を累積データーとして表示してくれる機能が付いているのですが、先日自分の遊んだ時間を調べてみると、「200日4時間12分」と出てきました。4年以上遊んでいるとはいえ、ちとびっくり。一日平均すると毎日3時間は遊んでいる計算になります。

FFXI は確かにおもしろいゲームなのですが、大きな弱点もあります。それは、今までのテレビゲームのように、ちょっと暇だから30分だけ遊ぼう、とかいう遊び方がほとんどできない点です。一人で出来ることには限界があると、前にも書きましたが、ゲーム上で何かしようとしたら、最低でも3~6人でチームを作って行動する必要がでてきます。最大で18名で1チームということもあります。そうなると、30分で勝手にやめるという訳にはいかなくなります。場合によっては、町でチーム編成するだけで1時間、目的の場所に移動するのに数十分、いざ戦闘開始で数時間・・・なんてことが常になってきます。

草野球チームで試合に臨むのと、雰囲気は似ています。「2回の裏までやったら、今日は帰るわ。ごめんね。」と突然言われると、残ったメンバーは、困ってしまいますよね。もちろん、事前にその事を告げており、チームもその時点からの補欠を準備しているような状況であれば、問題ありません。ゲーム内でも同じ事です。

MMORPGの醍醐味は、この人間関係の構築にあります。何回か、いっしょにチームを組んだりして、仲良くなると、自然に友達ができてきて、いっしょに行動し始めます。そして、その輪が広がっていって、ゲーム内ではLS(リンクシェル)と呼ばれている、独自の組織が出来上がっていきます。

なんとなく、その世界に浸りながら、のんびり過ごす。そんな遊び方もできるのが、FFXI のおもしろいところです。このまま、FFXI について語っていると、ここのブログの本来の趣旨から外れてしまいますので、一応今回は、このへんで話を打ち切りますが、また時々、FFXI の話題は取り上げていきたいと思っています。来週からは、また別の話題でお届けします お楽しみに (*^^)v

追伸:LSのメンバーがお店をOPENしました。「海福雑貨」というお店です。お近くの人は一度お立ち寄りになってみてはいかがでしょう。Chibitanuki(チビタヌキ)さんの紹介で来ました、と言えば安くしてくれるかも?^^; ちなみにChibitanuki は、私のゲーム内での名前です !(^^)!

2007年6月14日 (木)

FFXI について(2)

一昔前に、環境型ゲームというのが登場したことがあります。それまでのシューティングゲームや、アクションゲーム、RPG、アドベンチャーゲーム、テーブルゲームなどなど、様々なジャンルのゲームが、ある意味、出つくしてしまった頃に、一風変わったジャンルが登場したわけです。基本的なスタイルは、それまでの目的遂行型のゲームと異なり、無目的に自由に遊ぶ、といったもので、ただ画面を眺めているだけでもOK。暇なときは、ちょこちょこっと操作することも、もちろんできますが、それほど大きな変化があるわけでもない。

代表的なものとしては、「アクアノートの休日」や、「がんばれ森川君2号」、「シーマン」などがありますが、そのジャンルから、育てゲーと呼ばれる、キャラクター育成型ゲームという、新たな分野が登場することとなります。そして、それが大ブレークとなる、「たまごっち」へと、発展していくのです。

MMORPGは、従来のRPGと、この環境型ゲームが混じり合ったような環境となります。自分が、ゲームをしていようが、してなかろうが、ゲーム内の時間はリアルタイムに進行します。もちろん、これは、自分以外に同じ画面で3000人近い人間が遊んでいるわけですから、当然です。

苦労の末に、やっとみつけた宝箱。それを目の前にして感慨にふけりながら、今日はここまでにして、開けるのは明日にしよう・・・なんて事やってると、自分がゲームをやっていない間に、他の人が見つけてしまって、翌日ゲームを再開すると、そこには空っぽの宝箱が転がっているだけ、ということが、あたりまえに起こってきます。

FFXI の世界にはじめて降り立つと、その世界の広さに圧倒されます。今、自分が立っている街中を、はしからぐるりと見て回るだけで、1時間くらいはかかります。ひとたび街から飛び出して、別の街に移動しようとすると、移動時間だけで2時間近くかかります。もちろん、道中には、あなたの命を脅かすモンスターが、うようよしています。ゲームがある程度進行すると、移動手段として船や飛行機が登場しますが、路線バスのように、定期的に運行されており、到着するまで待つことになります。そして、実際に中に乗り込んで、移動するわけです。もちろん、移動中もゲームは進行しており、船なら舟べりで釣り糸を垂れて、移動時間の暇をつぶす、なんてことも可能です。

とにかく、ゲーム内で動き回っているのは、自分一人ではないことを無意識のうちに実感させられます。わけもわからず、うろうろしていると、いきなり向こうから来た人に、

「すいません、ちょっといいですか?○○は、どこにあるか教えてもらえませんか?」

などと、話しかけられたりします。もちろん、チャットという文字表示での会話です。この発言は、いままでのゲームのように、プログラムされたゲームキャラクターが、無機質に話しているのではなく、実際に人があなたに話しかけているわけです。はじめて、その事実に直面すると、ある種の衝撃を感じます。

「これは、もはや、子供の遊ぶゲームでは、ない。」

事実、FFXI を実際に遊んでいる年齢層を考えると、20代~40代の方が、中心になっているように思います。パソコンが一気に普及したインターネット世代の20~30代前半の方、ファミコン世代を支えてきた、コアなゲームファンである、30代後半~40代の方。チャットで交わす、さりげない会話の内容から、それをうかがい知ることができます。

そして、その世界の新たな住人の一人としての生活が始まるわけです。

つづきは、また明日 (*^^)v

2007年6月13日 (水)

FFXI について(1)

「今、あなたの目標は何ですか?」ときかれて、即答できる人って、どのくらいいるでしょうか?ほとんどの人が、「いや~特には、ないな~。平穏無事で、家内安全ってとこでしょうか。」と答えるような気がします。10代の頃は、将来の職業や進学志望校など、比較的短期間で目的の結果が出る世界で生きることが多いですが、ある程度の年齢になって来ると、「日々これ精進」的な、生き方になってきます。

町をふらっと、歩いていると、突然 絶世の美女が駆け寄ってきて、

「私はコリン王国の姫です。悪い魔法使いに追われています。勇者様、どうか私をお助け下さい。」

と言われたら、新手のキャッチ商法か、はたまた精神的にかなり危ない人か、どっちかだろうと即座に判断して、たいがいの人は逃げちゃうことでしょう。

家に帰ると、いきなり奥さんが、

「あなたには内緒にしていたけど、実は私はコリン王国の諜報部員で、あなたとの結婚も潜伏するための任務だったの。」

と言われたら、「へ~大変だね。とりあえず風呂入って寝るわ。」と答えちゃうでしょう。

さらに実家に帰ってみると、40代後半の父親が、

「やっぱり高収入は野球選手じゃ。若造の松坂にできて、わしに出来んはずはない。明日から今の仕事はやめて、トレーニングじゃ。明日のメジャーの星は、わしじゃ!」

などと、雄叫んでいたら、家族みんなで帯のような涙を流しながら、「やめてくれ。」と懇願することでしょう。

現実の世界の中では、そうそう 突拍子もない事は起きないのが普通で、しかも実際に起きてしまうと、これまた大変なこととなって、テレビや映画のように、2時間ほどで解決するのは不可能な事態に陥ります。そういった、ある種の夢や願望を、擬似的に体験させてくれる世界が、ゲームの中には存在します。それが、おもしろくて、みんな熱中するわけです。

ただ、そういった話も、一人で遊ぶ通常のRPGでのお話。実は、MMORPGの世界は、どちらかというと、今の現実の世界に近いものがあります。一人で遊ぶ、RPGの場合、プレイヤーは、悪の手先から、自分の国を守る、勇者であったり、世界中の宝物を探して旅する大冒険者だったりしますが、MMORPGの場合は、スタート時はどちらかというと一般庶民で、私なんかはMMORPGの代表作であるFFXI にいたっては、4年以上やっておりますが、相変わらず庶民のままです^^;

それで何が楽しいのか?明日のお楽しみ (*^^)v

2007年6月12日 (火)

MMORPGについて(4)

ゲーマー(ゲーム熱中者)はネクラだ。そんな言葉が生まれたのも、基本的にテレビゲームは一人で楽しむものであったからです。画面に向かって、コツコツと地道な作業を繰り返し、数時間後キャラクターのレベルが上がると、ニヤリ・・・確かに暗いかもしれません^^;

しかし、広い意味でいえば、所詮趣味なんてそんなもの。チームプレーのスポーツでもやってない限りは、一人でニヤリの世界です。しかし、MMORPGの登場で、状況は一変します。このゲームの世界では、まず一人では何もできません。自分ひとりの力だけで、できることには限界があります。キャラクターが生活する町の中で、自分と同じ目的を持つ者を探して、声をかけて協力し合わないと、目的が達成できないように初めからプログラムされています。

チャットというコミュニケーションツールを使用して、意思の疎通をはかり、作戦を練って敵を倒します。それぞれの人はジョブと呼ばれる、ゲーム内での何らかの職業に就いており、それぞれの持つ、特技を最大限に生かしながら、作戦に参加します。

はじめてこの世界に降り立った、新米冒険者は、どうしても、おっかなびっくりになってしまいますが、熟練者はすぐにその事を見抜き、的確なアドバイスと、フォローをしてくれます。同じ趣味でつながった、新たな友人を大切にしないはずはありません。まるで、学生時代に部活の体験教室にやってきた新入生と、先輩達のような雰囲気となります。

あと、この世界でおもしろいのは、「ネットワークゲームの歴史」のなかでも触れましたが、実際に操作している相手が、男性なのか女性なのか、高校生なのかオバさんなのか、はたまた80歳くらいのおじいさんなのか、全くわからない事です。小学生くらいだと、さすがに発言内容から、かなり若い・・・というか子供なのではないか?と思うことはありますが、それもあくまで推測であって、確証はありません。

そういった、実生活の枠を飛び越えて、新たな世界で、全く新しい自分を作り上げることが出来るところに、MMORPGのすばらしさがあります。しかも、ネットで繋がっていますから、相手が日本人だけとは限りません。会話の中に、英語が飛び込んで来ることも珍しい事ではないのです。同じ時間に、世界中の人が、同じゲームの中に存在する。FFXIの場合、常時2000~3000人が、同じゲームの世界に存在し、活動しています。

人間が集まると、そこには必ず経済が発生します。残念なことですが、ゲームの中にも貧富の差が生まれることとなります。そして、そのゲーム内の経済が、現実の世界に飛び出してきて、大きなビジネスとして発展しようとしています。賛否両論あるところですが、現実にゲーム内の通貨が、現実の金銭で取引されたりもしております。(リアルマネートレーディング

最後にFFXIについて、楽しく紹介されている、私の愛読書をご紹介しておきます。

ファイナルファンタジーXIプレイ日記 ヴァナ・ディール滞在記』(永田 泰大 著)

内容は、FFXIのサービス開始時の話ですから、5年ほど前の内容で、現在の状況とはいくぶん食い違うところもありますが、これからネットワークゲームをやってみようかと思われる方には、最適なバイブルとなり得るでしょう。

明日は、具体的にFFXIの世界に踏み込んでいきます。(*^^)v 

2007年6月11日 (月)

MMORPGについて(3)

テレビゲームの普及に伴い、流行した言葉に、「リセットする」という言葉があります。「いったん白紙に戻して、すべてやり直す」といった意味で使われます。ゲーム途中で、この先うまくいかないことが判明した場合、ゲーム機本体のリセットボタンをプチっと押して、すべてやり直す行為からきている言葉です。

ゲームの世界では、いとも簡単に過去を消し去ることができます。都合の悪い事実はリセットボタンが闇に葬ってくれます。しかし、私たちが生きているこの社会においては、そう簡単にリセットボタンは押せません。押したつもりでも、過去を消し去ることができない以上、意味をなしません。失敗は誰にでも起こりうること、後悔することも度々あるでしょう。私たちは、その結果起きてしまったことに真正面からぶつかり、乗り越えていかなくてはならないのです。究極のリセットボタンとして、「死」というものがありますが、その人の存在を過去から消し去ってくれるものではありません。

ちょいと、話が重くなってしまいましたが、MMORPGの世界には、リセットボタンは存在しません。理由は、私たちが生活しているのと同じ社会がそこに構築されているからです。今までのテレビゲームは、他人と共存するものではなく、プレイヤー(本人)と、プログラマーが作り上げた世界の中に住むキャラクターとの関係で物事が進行していました。ですから、プレイヤーが誤った選択肢を選んでしまって、物語の進行上不利益を被ると判断した場合、リセットして、再びその選択肢を選び直すことが可能でした。もちろん、その行為で他人に迷惑がかかることもなく、単に自分の時間を浪費しただけの事ですから、非難される恐れもありません。

MMORPGの世界の場合は、そうはいきません。同じ画面の中で、動きまわっているキャラクターは、実際にそれを操作している人間が、画面の向こう側に、確かに存在するわけです。仮に、お店を出しているキャラクターから、あるアイテムを100円(ゲーム内の仮想のお金)で購入したとします。しばらくして、別の店をのぞくと、同じものが50円で売られていました。今までのゲームなら、リセットボタンを押して、アイテムを買うところからやりなおしで、最初から50円の店に入ればすむことでした。しかし、MMORPGの場合、100円と値段を付けて売っている人も、50円と値段を付けて売っている人も、それぞれ自分の判断で値段を付けて販売しているわけで、やり直そうと思ったら、100円で売ってた人の所へもどり、買い戻してもらう必要が発生します。現実の世界と同じですね。^^;

こう書くと、なんだか面倒なゲームだな~と思われるかもしれませんが、その逆にとても素晴らしい事もたくさんあります。明日は、そういった内容をお届けします。ちなみに、私の場合、MMORPGは数作しかプレイしておらず、内容に多少偏りがあるかもしれませんが、その点はご容赦ください。現在主にプレイしているのは、FFXI(ファイナルファンタジー11)です。ここ←のリンクで動画の画面で簡単な紹介がされています。興味のある方はご覧になってください。(*^^)v

2007年6月 9日 (土)

MMORPGについて(2)

RPG(ロールプレイングゲーム)つまりは、ロール(役割)をプレイ(演じる)するゲームの意味で、ゲームの黎明期では、プレーヤーは、ゲーム内のキャラクター(1人)を操作して、出現するモンスターを倒すことで得られる経験値をためていき、物語を進めていく手法でした。ある一定数経験値がたまると、レベルアップしてキャラクターの各能力(体力・攻撃力など)が上昇し、さらに強い敵も倒せるようになったり、新しい装備(武器・防具など)が装着できたり、今まで行けなかったエリアに行けるようになったりする。そういった、キャラクターの成長を楽しみながら、物語の結末に近づいていくゲームです。

ゲームが進化しても、基本的なスタイルは変わらないのですが、ゲーム機の処理能力の向上と、プレイヤー自身のゲームに対する理解力の向上から、それまで1人だけを操作していた状態から、一度に複数のキャラクターを操作するシステムに移行していきました。それに伴って、各キャラクターには職業という概念が発生し、戦闘を主につかさどる者、回復や治療を主とする者など、世界観が広がっていきます。

基本的に、アクションゲームではなく、その場その場で、各キャラクターにどういった行動を取らせるかを、事前に指示を出して、その結果を見守るという形で進行しますから、理論的には操作するキャラクターが何人になろうと、煩雑なだけで、特に問題はありません。ただ逆に、この手のゲームの弱点は、進行自体がマンネリ化するところにあります。同じことを延々繰り返すだけ。強い敵に戦いを挑めば、緊張感もありますが、もし失敗すると、せっかく稼いだ経験値を減らされたり、なんらかのペナルティを食らいますので、無難に弱い敵を倒し続けるといった、作業的なゲームに陥ってしまう危惧があるのです。

そこで、登場したのが、プログラム上に乱数を使用する方法です。この結果、通常コンピュータのはじき出す答えは、何万回やろうと1+1=2であったものが、ときに答えが3になったり、10になったりするようになります。この結果、とてもかなわないと思っていた敵に、偶然にも勝利してしまったり、逆に絶対負けないと思っていた敵に、叩きのめされたりするようになり、ゲームに程よいスパイスが効いた形となりました。

ただし、この乱数も数値の範囲をあまりに極端にばらつかせてしまうと、ゲームのシステム自体が崩壊することとなるので、その調整具合が、傑作と駄作の分かれ道となっていました。

こうして、ドラクエ誕生から、10年ほどの間は、各メーカーから様々なRPGが生み出され、多くのゲームファンを魅了し続けたのです。しかし、人間は常に進歩を遂げる生き物であり、新しい刺激を求めてやみません。10年ほどの間に作られ続けたゲームで、ある程度システムとしては完成してしまって、あとはストーリー展開や画像の美麗さを改良するくらいしか、触りようもないところに行きついてしまいます。これは斬新だ・・・という傑作がなかなか生まれず、ドラクエやファイナルファンタジーなどの代表作も、新作を発表するものの、終盤では過去の栄光にすがる、老兵となりつつありました。

そこに彗星の如く現れるのが、MMORPGの世界です。基本システムは従来のものと変わりませんが、根本的に違うものがそこには存在していました。仮想現実の世界です。来週は、そのMMORPGの世界に踏み込みたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 8日 (金)

MMORPG について(1)

MMORPG(多人数参加型オンラインRPG)の紹介をするには、まずはRPG(ロールプレイングゲーム)について、触れておかねばなりません。詳しくは、リンク先の解説を参考にしてください。

ファミコンが全盛期を迎えようとしていた頃、1986年ごろになりますが、当時はゲームセンターからの移植版のゲームや、その影響からシューティングゲームやアクションゲームといった、反射神経にすべてがゆだねられるゲームが主流でした。ゲームセンターのゲームは、ワンコインで長時間ねばられると、収益が上がりませんから、1ゲームが数分で終了するような難易度の設定のゲームでないと、営業という観点からみると意味をなしませんでした。しかし、それが家庭に持ち込まれるようになると、色合いが変化します。じっくり長時間遊べるゲームが求められ始めました。そこで登場したのがRPGです。

私がRPGと初めて出会ったのは、知らぬ人はいない「ドラゴンクエスト(1作目)」でした。そのときは、実は他に欲しいゲームがあって、ディスカウントショップに出向いていたのですが、お目当てのゲームはすでに品切れでした、微妙にショックを受けながらも、ふと近くに目をやると、うず高く積まれている新作ゲームが。他のゲームと比較しても、「あきらかに売れていません・・・」といった雰囲気がたっぷりだったのですが、当時すでにマンガのドラゴンボールで名が売れていた、鳥山明氏のパッケージデザインが、気を引きました。店員さんにお願いして、パッケージを開けてもらい、説明書を見せてもらいました。当時は今みたいに、ゲーム専用の雑誌などほとんどなかったことと、1本のソフトが6~7000円していたため(当時のアルバイト時給は450円が相場でした)、内容を吟味して購入しないと、大損食うことになるので、説明書も見せてくれていました。

しかしながら、読んでみても意味がさっぱりわかりません。そりゃそうですよね、それまでにまったくやったことのないジャンルなわけですから^^; せっかく街まで出向いたんだから、クソゲー覚悟で買ってみるか。意を決して、購入しました。それが、数年後には、2作目、3作目と続編が登場するごとに大ブレークし、3作目に至っては、販売個数が購入希望個数にまったく足らず、購入した者を店外で呼び止めて、数倍の金額を提示して譲ってもらおうとしたり、さらには恐喝まがいなことをして、奪い取ったりする事件が起こり、全国的にも大きなニュースとなりました。

この3作目は、私の場合、もちろん発売日に手に入れたのですが、裏話があります。実は、私がお店に予約に行った時には、すでに100人以上の先約があり、きちんとノートに予約者の名前がぎっしり書き込まれておりました。しかし、お店に入荷する本数は、せいぜい20本くらいで、あとは入荷待ちになるとか。あきらめかけていたところ、顔なじみの店長さんが、「発売日の閉店間際に来て」とさりげなく言ってくれました。言われたとおり、閉店間際に行くと、お店の包装用の袋ではなく、茶封筒を渡されました。なかには・・・ドラクエが。「予約で手に入らなかった連中が、店の外でうろついていて怪しい雰囲気だから、気を付けて。真衛門君は予約者じゃないから特にね^^;」といって、譲ってくれました。

ちと、話が横道にそれてしまいましたが、明日もつづきます。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 7日 (木)

ネットワークゲームの歴史(4)

ネットワークゲームが最初に出始めた頃は、日本ではテーブルゲーム(囲碁・将棋・トランプなど)が、主流でした。米国では、当時から双方同時通信型のゲームが、一早く登場していましたが、これは日本と米国での、通信事業の整備の違いからくるものでした。

日本は国土が狭く、平野部に山が隣接している地域が多く、テレビの電波を受信する場合、山の頂上に電波塔を設置すれば、ほぼ問題なく受信エリアをカバーすることができたのに対して、米国は国土が広く、しかも平野部と山がかなりの距離があったり、町同士がかなり隔たっていたりしたため、電波塔でエリアをカバーするのは、効率的ではなかったのです。そこで、利用されたのがケーブルテレビです。電波ではなく、直接ケーブルを利用してテレビを受信する方法が主流となっていきました。このことが、その後登場するインターネット通信で大活躍するわけです。

それに対して、日本ではケーブルで網羅されているのは、電話のみでしたから、このネット通信も最初は電話回線を使用する形で登場しました。しかしながら、画像を送信することを前提に作られているケーブルと、音声を送信することのみを前提として作られている電話回線では、単位時間で送信できるデータ通信量には、大きな隔たりがありました。しかも、電話回線を使用すると、通常電話で会話しているのと同じ通話料金が課金されるため、長時間使用すると膨大な利用金額を請求されることとなります。

そういったことが背景にあり、日本ではなかなかネットワークゲームが普及しなかったという実情があります。利用金額の方は、パソコンの普及に伴い、時間限定での定額制になったりと、いくぶん緩和されたのですが、データ通信量はどうしようもありません。現在は、ADSL回線や光ファイバーなどが、かなり敷設されて問題なくなってきていますが、当時はいくら自分が高額な高速回線を敷設しても、対戦している相手が、電話回線を利用していると、相手から送られてくるデータが遅いため、意味がありませんでした。そのため、画面上で、同時にお互いのキャラクターを動かすようなゲームは出来なかったのです。そのかわり、将棋や麻雀、トランプなどは、一手一手のデーターを送りあうだけなので、多少速度が遅くても、ゲームとしては成立しました。

いままで、コンピューター相手に遊んでいたものと比べて、対人戦は比べ物にならないくらいおもしろいものでした。コンピューターはミスをしませんが、人間は凡ミスをします。負ければくやしがり、勝てば喜ぶ。お互いのコミュニケーションも、ゲーム画面上の隅に出る枠の中で、チャットを使って交わすことができます。

麻雀ゲームなどでは、「さあさあ、当たるとでかいよ~~。」などと牽制したり、将棋では「あぁ~~それ 待った 待った。」と、一手戻してもらったり、パソコンの前にいることを忘れさせてくれるような、楽しいやりとりが行われていました。現在では、ネットワーク環境が整って、チャットを主流に遊びたい人は、MMORPG(多人数参加型オンラインRPG)に移行して、テーブルゲームは気楽に遊ぶ、初心者向けとなりつつあり、ゲーム中にチャットする人は少なくなっています。

明日は、MMORPGの紹介をしたいとおもいます。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 6日 (水)

ネットワークゲームの歴史(3)

チャットを行う場合、自分に合った話題を取り上げている、ルームと呼ばれるセクションにアクセスします。数百人の人間が、いっせいに思い思いの発言をすると、収集がつかなくなるので、10数人ごとで部屋割をしているようなものです。

このルームには色々な種類があり、各部屋ではそれぞれの話題で盛り上がります。「初心者」「子育て」「料理」「自動車」「パソコン」「受験」「50代」「60代」「愛媛県」「広島県」・・・ジャンルも趣味のくくりから、年齢別、地域別と多岐にわたっています。これは、最初から割り振られているルーム以外に、接続している人間が、自分でルームを作成できるシステムがあったためです。最盛期は、登録無しで無料で利用できたのですが、心無い人が、ルーム内で暴言を吐いたり、他人の誹謗中傷を実名をあげて発言したりと、トラブルが頻発したため、現在のチャットは、ほとんどが完全会員制(実名での登録)で有料になってしまいました。利用金額は安いので、おそらくこれは、クレジットカード決済を利用することで、運営側が確実に本人確認を取るためではないかと思われます。もちろん、利用する際には、ニックネームを使用しますので、参加者同士が個人を特定することはできません。

当時、私がよく利用していたルームに、「パソコンシステム」という部屋がありました。ここには、常にパソコンの鬼が数人常駐しており、パソコンのことで困ったことが発生したら、このルームに行って、

「すいません。○○のセッティングがうまくいかないんですが、誰かご存知の方いらっしゃいませんか?」

と、発言すると、いっせいに数人から答えが返ってきます。さらには、事細かに注意点を教えてくれたり、答えた者同士が、相談して、ベストな解決方法を教えてくれました。現在私は、パソコン教室で初心者の方に教えていますが、よく「どこか専門の学校を出られたのですか?」と生徒さんから質問されます。しかしながら、大学は文系でしたし、卒業後に専門学校に通ったりもしておりません。一般的には独学、となるのでしょうが、実はこのチャットルームが私にとってのパソコン教室だったわけです。タダで高度な知識を、しかも即答で教えてもらえる。もちろん、私が知っていることであれば、逆に教えてあげたりもしていました。

明日は、いよいよ本題。チャットを利用した、ネットワークゲームの内容に迫りたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 5日 (火)

ネットワークゲームの歴史(2)

ネットワークゲームを語る上で、外せないものに、「チャット」という、コミュニケーション手段があります。この、チャットが浸透したことにより、ネットワークゲームが飛躍的に進歩を遂げます。

当初は、チャット専用ホームページが乱立した時代があります。リアルタイムに、文字通信で不特定多数の人間と会話を楽しむシステムなのですが、顔が見えない、声が聞こえないという、匿名性が悪用されるケースも多発しました。一番多いイタズラとしては、ネカマ(ネット上のオカマ)と呼ばれ、会話をする上で使用する自分の名前(ニックネーム)を、女性を連想させるものを使用して、言葉遣いも女性的なものを使って、男性であるのに女性のふりをして会話に参加する者が多数現れました。なぜ、ネカマを装うのか、一番の理由は、その会話の中でもてはやされるということでしょうか。当時は、今ほどパソコンが普及してはおらず、さらには通信機能は初期設定にはなく、自分で機器を購入して、かなり煩雑な接続の設定を自分自身で行わねばならないという、かなり敷居の高いものでした。ですから、会話の中で

「えぇ~~わたし、そういう難しい事はワカンナイですぅぅ~(*^。^*)」

などと言われても、そういう言葉を普段から使っている、10代後半の女の子がネットワーク環境を構築できたとはとても考えられないのですが、男の悲しい性(サガ)とでもいいましょうか、そう言われると、

「ごめんごめん、ちょっと難しかったかな~でも○○ちゃんなら許す~~(*^^)」

などと、甘い受け答えをしてしまうのですな(/_;) 

確かに、ネットワークの世界では、年齢・性別・国籍・社会的身分の区別はありません。というか、区別しようがないので、それを仮に公言したとしても、確認するすべがないので、無意味と言っていいでしょう。そういった意味では、このネットワーク社会こそ理想郷であると言った人がいますが、あくまでも現実社会とは切り離された社会ですから、ネットワークの暗黒面に落ちてしまうと、実生活に支障をきたす場合があります。

ネット社会でなりきって作り上げた人格と、実社会での人格に極端に隔たりがある場合、ネカマがいい例ですが、気をつけないと実社会において全く適合できない状況に追い込まれる事があります、ひいては解離性同一性障害(多重人格症)を引き起こす要因ともなりえますので注意が必要です。

家庭の主婦が、度重なるストレスからキッチンドランカー(台所で酒浸りになり、アルコール中毒になること)になることが取り上げられた事がありますが、現在はネットドランカーになることがあるそうです。ネット社会では、年齢や既婚未婚は自己申告ですから、華々しい青春時代を過ぎて、家庭に入り子育てや家事に追われる生活に疲れて、気がつくとネットの暗黒面に落ち込んで、チャット上で10代の女性を演じ続ける主婦が急増しているそうです。一切の家事をせず、朝から晩までパソコンにしがみついて、薄暗い部屋の中でモニターに向かってニヤリとしている奥さん・・・怪談ですな (T_T)

明日は、ネット社会の素敵な面も紹介していきたいと思います。おたのしみに(*^^)v

2007年6月 4日 (月)

ネットワークゲームの歴史(1)

テレビゲームは、やったことがあっても、オンラインゲームはやったことがない人を大勢見ます。本来の意味で言うと、あるべき形に戻っただけなのですが、ネットワーク、インターネットなどの難しそうな言葉や、ゲームを始めるまでの煩雑な手続きが、まだまだ敷居を高くしているようです。

古来から、ゲームは存在しており、身近な例で言うと、囲碁や将棋、あとスポーツの試合もある意味ではゲームと言えるでしょう。人間同士が、知恵や己の肉体をぶつかりあわせて競う楽しみは、我々の歴史上かなり古くから存在しているわけです。逆に言うと、コンピューター相手に自分の知恵や手先の器用さを競って遊ぶというスタイルの方が、ずっと新しいものであるわけです。一時期は、このスタイルが、もてはやされましたが、どうあってもそれは、プログラミングされた思考であり、所詮人間味を出すことは、今の科学では不可能なことです。AIなどの人工知能は確かに発達したのですが、どうしてもそこには感情というものは存在しません。ここに、テレビゲームの限界がありました。

ネットワークという言葉が最初に使われ始めたのは、パソコンが普及し始めた頃、10年くらい前の事です。当時は、まだインターネットというものは、個人で利用するものではなく、大学間を繋いで、研究成果の情報交換や、大企業の一部が利用する程度のものでした。個人のパソコン向けには、パソコン通信というものが別に存在していました。詳細はリンク記事を見て頂けばわかりますが、簡単に言うと、契約しているプロバイダーの会員同士のみが、文字による伝達によりコミュニケーションが図れる、というもの。会員限定のメール・掲示板サービスとでもいいましょうか、非常に単純なものですが、当時はかなりの会員数で、大盛況でした。

そして、そのシステムを利用して、プロバイダーがゲームを開始し始めました。私が記憶する限りでは、これが日本初のネットワークゲームです。内容を簡単にお知らせしましょう。

ゲームに参加すると、毎週1通のメールがプロバイダーから届きます。そこには、財宝の隠し場所を解くカギとなる、暗号が記されています。そして、15通ほどのメールの暗号をすべて解き明かすと、その財宝の隠し場所が明らかになるというものでした。しかも、その場所は、現在の日本のどこかであり、しかもその場所には、プロバイダーが本当に100万円埋めてあるということで、参加者はかなり熱くなっていました。専用の掲示板には、暗号を解くヒントや、逆に惑わすための偽情報、○○を掘ってみたがダメだった・・・などなど、様々な情報が錯綜しておりました。

プロバイダー側も、「私有地には埋めていません。勝手に他人の所有する、山林や畑に侵入して、地面を掘り返さないでください。」と注意は呼び掛けていたのですが、終盤に入り、ある程度場所が限定されてくると、スコップ片手の若者が、数100人、とある個人所有の山に押しかけて、そこら一帯を掘り返すという事件が発生して、これはニュースにもなりました。それが原因で、人気があったゲームではあったのですが、第二弾はありませんでした。ちなみに、掘り返した山は、プロバイダー側の罠に引っ掛かって、ミスリードされるとその場所に行きついてしまうようになっていたようです。最終的には、正しい場所を掘り当てた人が、100万円を手にしたようです。

こうしてみると、ネットワークゲームの楽しさの一つに、不特定多数の人間が、同時に参加できて、自然に交流がはじまり、ヒューマンネットワークが形成されることにあります。明日は、もう少し現代のネットワークゲームに近づいていきたいと思います。おたのしみに(*^^)v

2007年6月 1日 (金)

テレビゲームの歴史(2)

1984年に改正された風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)により、ゲームセンターの様相が微妙に変化します。それまでは、規制がなかったため、24時間営業の店舗も多く、若者の溜まり場となっていました。

当時私は、親元を離れ、福岡市で予備校生活を送っておりました。割と厳しい規則の寮生活で、夜の門限は20時でした。20時になると入口に鍵ががかり、入るためには寮監とインターホンで連絡を取り、門限に遅れた理由を追及されることとなります。それを避ける唯一の手段は、翌朝6時に門が開くまで、外で時間を潰すことでした。そのときに、いつもお世話になっていたのが、ゲームセンターでした。20時をすぎると、寮の近くにある24時間営業のゲームセンターには、門限に遅れた寮生がわらわらと集まってきます。ゲームをやったり、ジュースを飲みながら、たわいもないおしゃべりをしたり、腹がすくと、ローソンで肉まんを買ってきて食べたりと、若者的な自由を満喫しておりました。

場所は、福岡市街の西に位置する、西新という町でしたが、近くに大学もあったことから、町全体が学生街といった雰囲気でした。当時から、ゲームセンターは非行の温床であるかのように、マスコミで取り上げられていましたが、私が知る限りでは、その場において恐喝や暴力行為を目にしたことはありませんでした。タバコの煙の充満する、薄暗く狭い店内に、行き場を失った若者がたむろしている、そんな雰囲気が、悪いイメージを植え付けていったのでしょう。そういった場で、犯罪行為が全くないとは思いませんが、それは普通に深夜に道を歩いていても、起こりうることではないでしょうか。

この頃に流行した言葉に、ハイスコア・カンスト(カウンターストップ)・ゲーマーなどがあります。ゲームで高得点を出すと、自分の名前をゲーム内に残せるシステムが、意外に競争心理をかきたてて、ゲームに熱中させる要因となりました。あと、得点の表示が、ゲーム製造側の予測を裏切り、表示不能な得点まで稼ぎだすことを、カンストといい、それまで数字で表示されていた得点が、エラーを起こして、妙な表示になったりすることも、楽しみのひとつでした。さらに24時間営業であったため、調整でもない限り、ゲーム機の電源が切られる事はなかったため、店内のあらゆるゲームに自分の名前を刻み続ける、そういった連中をゲーマーと呼んでいました。彼らはワンコインで数時間ゲームをやりつづけます。私も過去に、1つだけ得意なゲームがあって、最高で4時間やりつづけたことがあります^^;

うまいゲーマーの遊んでいる画面をのぞき見しているだけでも、十分楽しめました。やっているほうも、ギャラリーが増えると、それが刺激となって、また楽しい。凡ミスをして、ゲームが終了してしまった時には、やっている側も見ている側も、思わず「あぁ~~!」と声をあげてしまう。まるで、スポーツ観戦しているような感じでした。ゲームという共通の興味でつながっている若者の、夜の社交場であったゲームセンターがどんどん消えていって、その環境が家庭に移行しつつある現在。見ず知らずの他人と同じ場所で、同じ空気を吸うこともなくなって、さらに閉塞感を強めていったゲームの世界に、新たな光がもたらされようとしています。それがオンラインのネットワークゲームです。来週は、その話題を取り上げたいと思います。お楽しみに(*^^)v

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »