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2007年8月17日 (金)

バイク事故について

先日、大型バイクで走行中に、コンクリート壁に接触し、右足のひざ下10cmが切断されたにもかかわらず、2kmほど走行するまで本人が気がつかなかったという、痛ましい事故が報道されていましたが、その件について。

私も、似たような経験があります。バイクの免許を取ったばかりの大学の後輩を連れて、峠に走りに行った時の事です。最初は、安全地帯にバイクを止めて、峠のルールなどを、その後輩に教えて、私が実際に走って見せたり、安全速度で伴走したりして、バイクの楽しさをレクチャーしていました。

しばらくして、本人もだいぶ慣れたのか、一人で走ってみますと言うので、くれぐれも注意して、スピードを出しすぎないように、安全走行を徹底するように言い聞かせたのですが、走りだして数100mで、カーブを曲がり切れず転倒。幸いにも外傷はなく、バイクのダメージも軽傷であったため、そのまま峠を降りました。

翌日その後輩に出会ってびっくり。なんと左腕を骨折していたのです。バイクでは、左手はクラッチの操作をしますので、走行中は常に左手を握ったり開いたりします。転倒時には、軽い打撲と思っていた箇所が、実はポッキリ折れていたわけで、帰宅後大きく腫れ上がり、病院に行ったところ折れていましたとのこと。峠から自宅まで、彼はバイクを運転して帰ったわけですが、どうやって、クラッチレバーを操作していたのか、まことに謎であります。人体の神秘とでもいいましょうか、脳内モルヒネが大量に分泌されて、一時的に痛みを軽減していたのか、とにかく驚かされました。

先に取り上げたニュースの場合、骨折ではなく切断ですから、もっとびっくりです。出血はなかったのでしょうか?一緒に走っていた仲間が、切り落とされた足を拾ったという事ですから、拾った方も驚きを通り越して、摩訶不思議な状況だったことでしょう。

ツーリング中に、バイクに積載した荷物が落下して、後続のバイクが拾い上げ、落とし主のバイクまで追っかけていって、走りながら、「おーい、落っことしたぞ~!」と合図することは、時々ありますが、「足」ですからね。

もう一つ謎なのは、1000ccを超える大型バイクでの事故だったそうですが、通常そのサイズのバイクの場合、エンジンが非常に大きくなりますので、またがったときに、足よりもエンジンの方が外に飛び出している状態が普通です。足が千切れるくらい接触したのに、バイクは何ともなかったのでしょうか?

この季節、暑いのはわかりますが、Tシャツ・短パン・サンダル履きで、バイクに乗っている姿を時々見かけますが、とても危険だと思います。バイクに数年乗って、1回も転倒したことが無い・・・という人は、ほぼ皆無だと思います。転倒の程度の差はあるでしょうが、必ず転ぶ乗り物、それがバイクです。あと、頭のてっぺんに、申し訳程度に乗っかっているお椀のようなヘルメットも、全くヘルメットとしての用途をなさないと思います。

スクーターは別としても、オートバイで長距離走行する場合は、フルフェイスのヘルメット、ツーリングジャンパー、革手袋、ブーツ、は必須アイテムです。暑い時はより暑く、寒い時はより寒く、これがバイク乗りの宿命です。自分の身は自分で守りましょう (*^^)v

2007年5月19日 (土)

夢の鈴鹿サーキットへ(5)

学校でのマラソン大会とかで、「だるいしさ~、ちんたらやろうよ。」とか言ってる奴に限って、いざスタートすると超本気モードで猛然とダッシュする、なんてのはよくあることで・・・。

先導してくれるはずのお兄さん、押さえて走るといった割には、いきなりのロケットスタート。背後からは、残りの大集団が爆音を響かせながら迫ってきます。ここは、とにかく付いていくしかない、選択の余地はありません。

直線の先には、第一コーナーが待ち受けています。お兄さんは、加速し続けて、なかなか減速しません。こっちもぴったり張り付いていきます。もう、コーナーが目前に・・・まだ減速しません・・・もう無理、そりゃ無理、と辛抱しきれずに減速。お兄さんとの距離が、微妙に開きます。お兄さんのマシンは、ほとんどそのままの速度で、突っ込んでいきます。さすがに、レーサーの人の走りは違うな~。マシンは、地面と平行になってるんじゃないかと思われるほど、倒し込んでいます。あれで、タイヤが接地してるなんて信じられんな~・・・あれ? タイヤが浮いているように見える。あれれれ、バイクは異様に傾いているのに、まっすぐ動いているように見える。お兄さんのバイクは、そのままコース外に滑り出てしまいました。そうです、いきなり第一コーナーにオーバースピードで突っ込んで、転倒自滅してしまったのでした。

一瞬ですが、それまでの緊張の糸がプッツリ切れました。あまりの勢いのよさに、おかしくて、笑い出しそうでした。しかし、そんなお気楽な雰囲気も、つかのま、現況を考えると、さあ大変。何が大変かって、あなた、私が先頭になっちゃったわけですよ。後ろからは、爆音の集団が迫ってきているわけですよ。もちろん、スローダウンしてやり過ごすこともできたんでしょうが、峠で走っている時の感覚が、蘇ってきて、コーナー立ち上がりからアクセル全開なわけですよ。ライン取りだの、スローインファストアウトだの、そんなこと考えている余裕なんてありゃしません。ひたすら逃げる逃げる逃げる・・・。なんだか、バイクに乗っているとこんな状況ばっかりですが(『三途の川が見えた瞬間』もご参照ください)。

ともかくも、1周目は、なんとか先頭を維持して周回。あとは、後ろの集団からごぼう抜き・・・かと思ったら、意外にもそうでもなくて、5~6番手あたりを維持しながら、前を走るバイクのラインを参考にして、10周ほど周回。いったんピットに戻ることに。

ピットに戻ると、チームの監督さんから、「自分、けっこう速いな。どっかよそのサーキットで走っとった?ノーマルのマシンであんだけ走れたら、上等やな。」と、お褒めの言葉を頂きました。もちろん、他のマシンは、あくまで調整のために走っているわけで、本番のレースではありませんから、本気を出されたら、かなうはずはありません。うちのチームのお兄さんは、ころげちゃいましたが、それ以外に転倒したバイクはありませんでした。調整で走って、1台 500~1000万円するレーシングマシンを壊すわけにはいかないでしょう^^;

そんなこんなで、この後も、このチームにくっついて、鈴鹿サーキットを走らせてもらうことになるわけです。レーサーではありませんけどね。でも、私にとっては、こんな形であっても、十分夢は果たせたと満足しております。そして、現在に至るも、相変わらずバイクには乗っておりますが、サーキットを走って以来、峠で全力走行することはなくなりました。私にとっての、峠の卒業式だったわけです。(*^^)v

2007年5月18日 (金)

夢の鈴鹿サーキットへ(4)

大阪市内から高速道路を乗り継いで、三重県鈴鹿市まで、約2時間ほどで到着。連れてこられたのは、スズカサーキットの本コースではなく、南側に位置する、「南コース」と呼ばれる小ぶりなサーキットでした。本コースに比べると、規模は小さいですが、本物のサーキットコースです。

到着すると、すでに50台以上のバイクがパドック(整備ブース)にずらりと並び、レース本番さながらの賑わいでした。各レーシングチームが共同でお金を出し合って、コースを借り上げているということで、バイクも50ccから400ccクラスまで様々。オフロードバイクまでいたりして、まさに峠の再現のような風景でした。正式レースでは無いので、ライセンスなしでも走れるということでしたが、最初に簡単な走行規則をレクチャーしてもらい、さっそく自分のバイクをサーキット用に調整。

まずは、保護部品を全部外します。ミラー、ウインカー、ナンバープレートなど、万が一転倒した際に、コース上に飛び散りそうな部品は全部取り除きます。あとは、ヘッドライトなどのガラス部品に、ビニールテープで飛散防止のテーピングをします。私以外のバイクは、レース用マシンなので、こんなことはしませんが^^; はじめっから、ミラーもウインカーもライトも付いていませんから。

そうこうしているうちに、走行開始時刻の10時が迫ってきました。私は、適当に他の方の走るのを見た上で、あとからこっそり混ぜてもらおうと思っていたのですが、バイク屋のお兄さん(チームのレーサー)が、

「せっかくだから、スタートもやってみたらいいよ。付いておいで。」

とコース上に引っ張りだされました。10時ちょうどに、1回だけサーキットのシグナルを付けてくれるそうで、その後は各自が好きなように走るのだとか。ですから、10時のシグナルを合図に、模擬レースがスタートするようなものです。

お兄さんの後をすごすご付いて、おっかなびっくりでコース上に出ると、すでに他のマシンは自分の好きな位置のスターティンググリッド(スタート開始位置)に付いています。後方から空いているグリッドを探しながら、先頭に向かって進んでいくのですが、皆さん奥ゆかしく後ろから詰めて並んでいるので、空きが見つかりません。

「あそこしか、空いてへんな~。まあ、ええか。ええ記念や。」

なんと、空いていたのは、ポールポジション(先頭)とセカンドポジション(2番手)の2つだけ。お兄さんが、ポールに、私がセカンドに付くことに。背後からは、他車の排気音がウォンウォン鳴り響いております。あぁ、夢なら覚めて欲しい。革つなぎの背中は、冷汗でべっとり体に張り付いています。

「最初の1周は、コース取りとか教えるんで、ちょい押さえて走るよって、しっかり付いてきいいや~。1周した後は、本気出すよって、あとは自分のペースで走ったらよろし。やばいと思ったら、インベタ(コースの最内より)でコーナリングしとったら、他の奴は勝手に抜きよるさかい、心配いらんで~。そろそろスタートや。きばっていこか~^^」

シグナルランプが点灯しました。いよいよスタート開始です。サーキット全体が、排気音の咆哮でビリビリし始めました。レッドランプが1つ消え、2つ消え、3つ消え・・・グリーンランプ点灯。緊張が極限に達すると、周りの音が全く聞こえなくなります。一瞬の静寂の中、バイクは遥かなる直線の先に向かって、突き進み始めました。

そして、10数秒後に起きる悪夢など、想像もできずに、初サーキット走行の幕は切って落とされました・・・・明日につづく (*^^)v

2007年5月17日 (木)

夢の鈴鹿サーキットへ(3)

いい年こいて、馬鹿げた夢を追い続ける人を、世間では変人と呼び、いつの日か、その夢を成就し、世間に認められると、その人は偉人や英雄として扱われる。まあ、ほとんどのケースが、変人で終わってしまいますが・・・^^;

私の元に届いた光とは、知人からの転職のお誘いでした。「大阪に出てこないか?田舎でくすぶっててもしょうがないだろう。」

地方の出版社で営業の仕事をしていた私にとって、思わぬお誘いでした。仕事は、全く経験のない、不動産業(このブログ内でも紹介しております)でしたが、都会で働いてみたいと思っていたことと、鈴鹿サーキットがいっきに近くなることで、即OKのお返事を。

大阪に出た私が最初にやったことは、馴染みのバイク屋を見つけることでした。乗っているバイクのメンテナンスももちろんですが、色々な情報を得るために何軒もはしごをして、とあるバイク屋と知り合うこととなります。最初に尋ねたのは、「大阪市内の連中は、どこに攻めに(バイクで走りこむこと)行くんですか?」という質問。

「そうよな~阪奈道路っていう峠もあるけど、ちと遠いわな~。あとは、南港あたりかな~。」

そう聞いて、近場の南港に行ってみると、確かにそれらしい連中がいたのですが、驚いたのは、攻めているのはたった1つのコーナー(カーブ)のみ。そのコーナーを単純に走り込んでいるだけで、道のアップダウンもなく、連続コーナーの切り返しもない、こんなんで楽しいのか?結局10分ほど眺めて帰ってしまいました。その場所には、現在はUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)が建っているようです。後日、阪奈道路にも行ってみましたが、コースとしては面白いのですが、交通量が多すぎて、日中は走れたものではありませんでした。結局、どうしていたかというと、500円払って、阪神高速環状線に乗り込んで、都市高速道路をグルグル回っておりました。後日、そのことを地元の友人に話したところ、それやると、覆面パトカーに捕まるからやめとけ、と言われました^^;

そんな話を、バイク屋でもしていたところ、

「今度、レース用のマシンのセッティングしにサーキットまで行くんやけど、ついてくるか~?その代り、バイク自走で来てもらうことになるけど。自走で来たバイクで、サーキット走れるように手配してやってもええで~。お金かかるけどな。」

ここのバイク屋さんは、自分でレーシングチームを持っていることは知っていたのですが、思わぬお誘いパート2でした。

「どこのサーキットですか?いくらかかるんですか?」超前のめりで聞き返しました。

「スズカや。お金は参加登録料で1万円。走れる時間はam10:00~pm4:00の6時間。どや?ついてくるか?来週の木曜日や」

断る理由なんてありません。しかも運良く、仕事もお休みの日。不動産屋は日曜は営業していますから、木曜日が定休日でした。

いざ、夢の鈴鹿サーキットへ発進!   明日につづく (*^^)v

2007年5月16日 (水)

夢の鈴鹿サーキットへ(2)

芸能界にデビューして、アイドルになりたい・・・そんな夢を持っていても、片田舎に引っ込んでいたのでは、可能性は絶望的に0%に近いでしょう。やはり、東京や大阪といった、都会に出て生活することが、多少なりとも可能性を上げることに近づくと思います。自分の持つ、夢に対しての物理的な距離を縮めるという努力は必要だと考えます。

峠の走り屋をしていた若者のほとんどが、プロのバイクレーサーに憧れていたのは確かです。しかし、少年がプロ野球の選手に純粋に憧れるのとは違って、半ばあきらめに近い望みでありました。年齢的にも、20歳に近い年齢で、世の中と自分の将来が、おぼろげにも見え始める年頃です。

私が走っていた峠にも、セミプロっぽい者は、おりました。田舎のバイク屋が、趣味で作ったレーシングチームに所属して、地方サーキットのレースに出ていたようです。さすがに、そういった連中の走りは、桁違いで、とても真似のできるものではありませんでした。速いのは確かに速いのですが、無謀とも思えるような走り方で、命がいくつあっても足らんな~と思いながら見ておりました。しかし、そんな連中でも、地方サーキットのレースで入賞するのは難しい、と言っておりました。そんな現実を目の当たりにすると、夢も、はかなくしぼんでしまうものです。

この峠には5年ほど通い詰めて、気がつくと『常連組』と呼ばれるようになっておりました。しかし、その常連組も、年を追うごとに入れ替わり、一人、また一人と峠を卒業していきます。プー太郎(無職)から社会人になる者、バイクから車に乗り換える者、理由は様々でしたが、確実に時間は流れていきました。そして、若者の夢は、現実という闇の彼方に埋没していったのです。

25歳も過ぎて、社会人として働いていた私が、休日のたびに峠をバイクで暴走しているのを知る友人のほとんどが、「えぇ大人が、何しとるんや~。いいかげん落ち着けや~。」と言ってきます。

言ってることは、わかるのですが、どうにもそういう物分かりの良すぎる大人にはなりきれずに、悶々とした日々を過ごしていました。そして、あるとき一筋の光が、私の元に差し込まれてきました・・・。明日につづく (*^^)v

2007年5月15日 (火)

夢の鈴鹿サーキットへ(1)

夢はあきらめなければ、いつかは叶うと信じております。それが100%望み道理の結果では無いとしても、自分なりに満足のいく形で、必ず成し遂げられる・・・今回はそういったお話。

20代のころに、バイクにはまりきっていた私は、レーシングスーツに身を固めて、峠の走り屋なんぞをしておりました。はたから見れば、単なる暴走族だったのかもしれません、当時ご迷惑をかけた地域住民の方には、この場を借りて謝罪したいと思います。

走っていた場所は、愛媛県松山市では、当時走り屋のメッカであった石手川ダム沿いの国道です。現在は松山市と今治市を結ぶ、幹線道路となってしまって交通量が飛躍的に伸びたため、そこでバイクを転がしている連中を見かけることはなくなりました。当時は、まだ今治市に抜けておらず、奥の村に通じるだけの行き止まり道路であったために、車も非常に少なく、走り屋の私設サーキットと化しておりました。

休日ともなると、バイクが50台以上は集結。ギャラリーも出てきて大賑わい。そこで各人が腕を競い合っておりました。暴走族と一線を画していたのは、集団で徒党を組んではいなかったこと。1人か、せいぜい3~4人でやってきた連中が、自然に集まっているだけで、その集団を統括する者はおりませんでした。しかし、そこにはきちんとしたルールが存在しており、新参者がやってきて、そのルールを犯した場合は、誰ともなく注意し、そのルールを守らないものは、追い返しておりました。

そのルールをちょこっとご紹介。

1 一般走行の車両は、追い越さないこと。後ろからあおる行為も禁止。

2 バイク同士の追い抜きも禁止。後ろに速いバイクにつかれて、かなわないと思ったら、ウインカーを出して、道をゆずること。

3 ゴミは所定の場所に捨てること。(ごみ箱を自分たちで設置してました。)

4 観戦している場合、コース上に一般車両や犬などがいるときは、速やかに走行中のバイクに知らせること。(パトカー・白バイが来たときは特に)

5 万が一の事故が発生した場合は、各人が分担して、通報・事故車両の撤去・介護を行うこと。

6 コース上に砂が浮いている場合は、全員で掃除をすること。(竹ぼうきが用意してありました)

こんな感じのルールが、暗黙のうちに徹底されておりました。誰が決めたとか、誰がするとか、そんなことは関係なく、自分自身がより安全に、走ることに集中できるように、自然と皆がそのルールに従っておりました。

しかし、残念ながら事故は起きます。年間に3名程は事故で亡くなっていました。やっていた行為自体がとても危険なことであるのは、各人とも十分認識していたのですが、どうしても死亡事故が発生すると、胸を痛めました。そして、なぜその事故が起きたのかを、集まっていた連中で、検証し再発を防ぐ話し合いがされていました。

バイクで走ることがとても楽しく、夢中になっていたことも確かですが、この場所に集まって来る人間の持つ、一体感が最大の魅力でした。名前も知らない、学生なのか社会人なのかもわからない、ただひたすらバイクが好き、そのことで結びついている一体感。とても純粋なものを感じていました。明日につづく・・・(*^^)v

 

2007年5月14日 (月)

三途の川が見えた瞬間(5)

お巡りさんの一人は、私を抱き起しながら「立てるか、立てるか?」と聞いてきます。もう一人は、無残にも道路の真ん中で横倒しになっている私の愛車を道路脇に移動していました。通常、バイクで転倒した場合は、頭部を強く打っていることがあるので、しばらくは体を動かしてはいけない・・・と教習所でも習ったのですが、私の場合は、いきなり抱えられて、立たされました(T_T)

膝にかなりの痛みを感じましたが、一時的なもので、数分で自力で立てるようになりました。お巡りさんは、妙にやさしい口調で、

「なんで、こけるんや~。こけんでもええやろ~。」と言ってきましたので、

「族車(暴走族の車)に追い回されとると思っとったら、いきなり背後からバカでかい音量で『止まれ!』って言われたら、誰でもびっくりしてこけますよ~ (/_;) 」

と、私も穏やかに会話を進めておりました。なぜなら、バイクを移動し終わったもう一人のお巡りさんの手には、赤いキップ帳がしっかり握りしめられていたからです。

「まあ、怪我はないようやな。バイクも、ほとんど壊れとらんようやし・・・まあ、よかったな。」

よくない。あんな怖い思いをさせといて、ふざけんな、という思いも赤いキップ帳が気になって、ぐっと言葉を飲み込みました。

「そんでやな~、自分 59キロオーバーなわけよ。実際はまだ加速しとったけど、速度違反は50キロ超が最高やから、120キロ近くでサイレン鳴らしたんじゃが、実際はもっと出とったで。なんでそんなに飛ばしとったんや。」

だ~か~ら~、あんたらのせいだって言うとるがな ^^;

「怖い車が、ぴったり張り付いてきて、追っかけられてると思いこんで、とにかく逃げないと何かされると思ったもので・・・。」

「本来なら速度超過で、12点ちゅうとこやけど、自分もこけとるし、今回はまあ、見逃してやるわ。」

そう言って、覆面パトカーは、逃げるように立ち去って行きました。後で聞いた話によると、そういった状況ならば、逆に訴えて裁判に持ち込んでも勝てるぞ、という事だったんですが、不思議と腹は立っていませんでした。どちらかというと、おもしろい経験ができた、といった感じで。バイクの損傷も、左側のミラーの交換だけで、クラッチレバーが微妙に曲がったのと、カウル(バイクを保護するプラスチックのガード)が、ズリズリの傷ものになったくらいで、すみました。

ヘルメットは、あごの部分が、5mmほど削り取られて、道路にこすれた部分がまっ平らになっていました。上着の防寒ジャンバーはぼろぼろ。いたるところで中の綿が外に飛び出ていました。一番驚いたのは、革つなぎの膝の部分。革が5重に縫い重ねられているのですが、最後の一枚を残して、すべて擦り切れておりました。ジーパンにTシャツ、おわんのようなヘルメット、そんな格好だったらどうなっていたことか・・・怖い怖い(*_*)

「備えあれば憂いなし」、バイクに乗るときは、極力軽装は避けましょう。衣服はお金ですぐ新品に変わりますが、ずりむけた自分の体はいくらお金を積んでも、すぐには元に戻りませんから(*^^)v

2007年5月12日 (土)

三途の川が見えた瞬間(4)

時速100km以上で、暴走クラウンから逃げ出すも、あっというまに追いつかれ、背後5mくらいに追いつかれた瞬間、怒鳴り声が・・・。道はちょうど高架橋の下りに差し掛かった、坂道でした。

「止まれ~止まらんか~~!!」 ありゃ?肉声ではありません。スピーカーを通した音声でかなりの音量です。そのバカでかい声に、一瞬体が硬直しました。チラリとバックミラーを見ると、クラウンのヘッドライトの間に、赤く点滅するランプが・・・???

一般国道を爆走していたために、万が一のことを考えて、指は常にブレーキレバーにかかっていました。しかも、私は根が素直なもので、止まれと言われれば止まるタイプです(嘘です)。すでにかなりパニック状態だったところに、びっくりも加わって、自分で思っている以上の力でブレーキレバーを握ってしまったようです。しかも、道路は下り坂、乗っているバイクはレーシングタイプで前傾姿勢(お尻が頭と同じくらいの高さでの、前のめりの運転姿勢)。一瞬で、目の前に地面が迫ってきました。急ブレーキのために、バイクの後輪が浮き上がって、前方に放りだされたのです。

地面に着地する前に、逆さまの画面でクラウンのバンパーが迫ってくるのが見えました。正直、クラウンに轢かれると思いました。クラウンが急ブレーキをかけて、タイヤのきしむ音が聞こえた時には、私はすでに道路に腹ばいになった状態で、氷のスケートリンクの上かと思うくらい、勢いよく滑って行きました。私の横を、さらに猛スピードで、火花を散らしながら、愛車が滑り抜けていきました。道路わきの縁石が、まるで列車の窓から風景を眺めている時のように、後方に流れ続けるのが見えていました。

実際に滑った距離は、30mほど。バイクはさらに20mほど先まで滑っていました。運が良かったのは、途中で障害物に一切接触することなく、道の上をすべって終わったことです。縁石や、ガードレールの支柱などに衝突していたら、命の保証はなかったでしょう。それと、レーシングスーツ(革つなぎ)にバイク用の防寒ジャンパーを着ていたことも幸いしました。実際の怪我は、軽い打撲のみでした。しかし、事故直後はショックと、膝の痛みで自力では起き上がれませんでした。

暴走族だと思っていたクラウンは、何と覆面パトカーだったわけです。パトカーから飛び出してきたお巡りさんが、私に駆け寄ってくる足音が聞こえました。

その後のやり取りは、来週のお楽しみ(*^^)v

2007年5月11日 (金)

三途の川が見えた瞬間(3)

20代前半の、とある日曜日。私は、隣町にいる友人の家に向かうべくバイクを走らせていました。その当時、バイクに、はまりきっていた私は、バイクに乗っているときでも、そうでないときでも、常にレーシング用の革つなぎに、ブーツとグローブという独特のファッションで生活をしておりました。あるとき、このスタイルで居酒屋に入った時に、「バイクに乗って来られたお客様にはお酒は出せません。」と断られた事があります。歩いてお店に来ていたのですが・・・。この姿でタクシーに乗ると、運転手さんから「怪我してない?病院とか行かなくて大丈夫ですか?」といつも尋ねられていました。バイクで事故でも起こしたと思ったんでしょう。私にとっては普段着なのですが^^;

日曜日の午前中、幹線の国道は車も少なく、絶好のバイク日和。見通しの良い片側2車線の大通り。気持よく愛車を走らせていると、前方左手の脇道に、ちょっと気になる車が、国道に出ようとしていました。真っ黒なクラウン。公用車やハイヤーによく使われるタイプなのですが、異様な殺気をかもしだしていました。こういった雰囲気は、言葉ではうまく説明できないのですが、獲物を狙う動物的な殺気、そういったものは理屈抜きに感じるものです。

その当時は、暴走族が一世を風靡していた時代で、レーシングタイプのバイクにレーシングスーツで完全武装して走っていると、よくそういった連中にからまれることがありました。からまれるのは、ほとんど夜間に走行している時だったのですが、後ろからあおられたり、信号待ちで横にピッタリ付けられて、シグナルレースを挑戦されたり、鉄パイプ振り回しながら追っかけてきたりと、そんな感じでした。日曜日の真昼間に・・・というのは初めてでしたが、用心するに越したことはありません。

私が通過した後、その真っ黒なクラウンは通りに出てきました。2車線道路なので、ゆっくり走ってやり過ごそうと、道の左側に寄って、制限速度で走行。今日は友人と約束があるので、妙な事にはかかわりたくない、というのが本音でした。しかし、そのクラウンは私を追い抜かずに後方にピッタリと張り付いてきます。いやな雰囲気です。試しにちょっと加速してスピードを上げてみました。すると相手もそれに合わせて加速、後方5mを維持して張り付いてきます。減速するとさらに相手も減速。どうみても、狙いを定めているとしか思えません。周囲には、他に通行している車もなく、ガラガラの道路なので、普通の運転手なら2輪車は邪魔なので、さっさと追い抜くはず。鷹に狙われた子ネズミ1匹、隠れる場所も無し・・・そんな状況でした。

そっちがその気なら、やるしかないか。最高速で言うと、2輪車は4輪車には、かないません。しかし、加速は2輪の方が、車重も軽いので圧倒的に有利です。いっきに引き離して、戦意を喪失させるか、信号で引っ掛かっていただくか、どっちしろ現状のままよりはましです。相手が、そのまま近づいてきて、バンパーでバイクのおしりをチョンとつついただけで、こっちは命取りです。

ギアをいっきに2つ下げて、スロットル全開。体が後方に引っ張られるのを、足でふんばりながら、猛ダッシュ。バイクは咆哮を響かせながら、空気を割るように突き進みます。いきなりのできごとに、クラウンは一歩出遅れた形で、案の定追っかけてきます。しかも、私に追いつこうという勢いですから、その排気音も尋常ではありません。後方から迫って来るその音を聞いただけで、ノーマルのクラウンではないことは、すぐにわかりました。改造車です。

私にとって不運だったのは、その道が数キロはつづく直線道路だったことと、はるか前方まで他の車両がまったくいなかったこと。車が詰まっていれば、バイクは脇をすり抜けられるので逃げ道がありますが、これではどうしようもありません。しかも走っているのは一般国道。スピードを出して逃げ切るにも、危険すぎて限界があります。メーターをみると、すでに速度は時速100Kmを超えようとしています。このとき願ったのは、速度取り締まりの検問とか、警邏中のパトカー、白バイさん、出てきて~~おねがい、お助け~~(T_T) といった感じ。

引き離したのもつかの間、クラウンはいっきに間合いを詰めてきます。100キロを超えた速度で、ま後ろにクラウンが迫ってきました。そして、次の瞬間、後ろから怒鳴り声が・・・明日につづく(*^^)v

2007年5月10日 (木)

三途の川が見えた瞬間(2)

完全に2足歩行する動物は人間だけです。そのため、人の足の大きさは、他の動物に比べてとても大きくなっています。人の足のサイズは、その人の顔の大きさと同じだと言われています。試しに自分の靴を、顔の横にもってきて鏡を見てみましょう、同じくらいの大きさのはずです。

2足歩行するには、とてもバランス感覚が必要で、足が大きくないと、そのバランスが取れないことにあります。それと、他の動物は天敵に襲われた場合、逃げなくてはいけないので、足を大きくできない。そのために、2足歩行ができないのです。足のサイズが大きいと、接地面積が広くなってしまいます。そうすると、地面との摩擦係数が上がってしまって、速く走れないのです。ですから、足の速い馬や、チーターなどの動物は、体の大きさに対して、足のサイズは極端に小さくなっています。そのかわり、モモの部分がとても発達しています。

話がそれてしまいましたが、私たちは普通に立っているだけでも、上手にバランスをとって倒れないようにしているわけですが、そのバランスを取るために大きな役割を果たしている器官のひとつに、眼があります。私たちの体は、視線の方向に自然と重心を移す特徴があります。

せまい路地を自転車で走っていて、向かい側から同じように自転車に乗って来る人がいた時に、こちらが右によけると、相手も右に、左にかわすと相手も左に、しまいにはぶつかりそうになる・・・そんな経験はありませんか。これは、双方がお互いを見てしまって、見た方向に重心が移動するため、ぶつかってしまうのです。こういった状況では、自分が意識的に、道の左側をみて、相手を視界には捉えていても、見つめないようにすれば絶対ぶつかりません。

バイクでの事故回避の時も、同じ理屈で大事故を回避できます。車や障害物にぶつかりそうになった場合、その障害物を見てしまうと、吸い込まれるようにそれに向かって突進してしまいます。ですから、その場合は回避先の安全地帯を常に見続けるようにします。オートバイのレースを見ると、レーサーは常にカーブを曲がるときには、曲がる先に顔を向けています。バイクはまだ直進しているのに、頭は左を向いている、そんな感じですね。

Untitled

明日は、そんな理屈を体で学んだ体験談「三途の川が見えた瞬間」の本題に迫りたいと思います(*^^)v

2007年5月 9日 (水)

三途の川が見えた瞬間(1)

19歳の時からバイクに乗り始めて、はや20年近く・・・その遍歴をご紹介いたします。

まずは、乗り継いだバイクをご紹介。現在乗っているバイク以外は、写真がありませんので、画像の見れるホームページをリンクしてあります。

FZ250RG250γVFR400RFZR400RRSP(3TJ7)→TZR250R

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これが、現在の愛車です。10年以上前に生産された中古車ですが、とても元気に走っております。19歳の時からお世話になっている、「オートバイク ショータ」さんで、整備してもらって新車のように生まれ変わりました。ショータさん自身のホームページがないので、情報を掲載しているページをリンクしています。このリンクページは、私のホームページではありませんので、お間違えなく^^;

最初に三途の川を見たのは、初めてバイクを買った時。まだ大学生だったのですが、親に内緒でローンで買いました。バイクはFZ250。このとき購入したお店はショータさんではなかったのですが、その後の整備はすべて面倒をみてくれました。契約から納車まで、約1か月待たされて、やっとご対面。天にも昇る気持で、エンジンをかけるとスムーズな吹け上がり。やった~~これで、自分の愛車が手に入った!と大喜びで、バイク屋を出発。どこに行くとかは、決めていなかったんですが、とにかく乗れるだけで大満足。

免許取り立てで、はじめて路上に出たわけですから、おっかなびっくりで、とにかく出発。ちなみに、2輪車の教習は路上教習はありません。全部教習所内の庭を走るだけです。つまりは、時速30km以上出した経験は、なかったわけです。しかし、購入したバイクは、レーサータイプの高回転エンジンを搭載した超レーシングタイプ。店から飛び出して、スロットルをキュっと回したとたん、体が後ろに飛ばされるかと思うほどの加速が・・・。

バイク屋の前の大通り、バイク屋から西に50m行ったところにガソリンスタンドがあるのですが、ちょうどそこから赤い軽自動車が通りに出てきました。今なら、あたり前に止まれる距離とスピードなのですが、その時は気がついたらバイクが車の横っ腹に突き刺さってました。もちろん私は路上であおむけに、天をあおいで真っ青な夏の空を見つめておりました。おかげさまで、私に怪我はなかったのですが、新車のバイクは50mでボロボロ。

とりあえず、50mバイクを押してバイク屋に逆戻り。店員さんが、「あれ~なんか調子悪いとこありましたか・・・うげげ~事故ったんですか~!まだ10分もたってないのに~!」と絶叫していました。修理代は軽自動車の方が出してくれたので、損失は何もなかったのですが、1か月待ちに待って、やっと手に入れたかと思ったら、10分でお別れ。その後修理でさらに2週間ほど待たされることに・・・(T_T)

ちなみに、当時私は親と同居していましたので、内緒でバイクを買った事は、数ヵ月後すぐにバレました。バイクは家の近くのマンションの駐輪場に止めて、隠してあったんですが、まだ社会的なシステムがよくわかっていないお子様でしたので、車両税の納付書が送られてくるなんて知らなかったのです・・・・・・まあ、事後承諾で許してもらったのですけどね^^;