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2007年8月28日 (火)

三国志について(1)

ゲームの世界から入って、興味を持って、その道に首を突っ込むという事が、私の場合よくあります。フライトシミュレーターやって、本物の飛行機の操縦までやってしまうとか、株式ゲームにはまって、会社四季報買い込んだりとか、競馬ゲームにはまって、競馬新聞買ってみたりとか、数え上げたらきりがありません。

というのも、最近のシミュレーション系のゲームは本当によくできていて、現実の世界を知っていればいるほど、その楽しさが増すように作り込まれているためです。もちろん、専門的な知識がなくとも、ゲームとしては十分楽しめるのですが、しかし、その世界を実際に知っているといないでは、大違いです。

そういったゲームのなかに、歴史物のゲームがあります。代表的なメーカーとしては、コーエーさんがあげられます。信長の野望シリーズはもとより、三国志、太閤立志伝などなど、まだファミコンが世に出る前から、パソコンゲーム業界で活躍していた老舗です。

なかでも三国志シリーズは、ファミコン・スーパーファミコン・PS2などの時代を経て、11作品が作られています。ゲームのシステムもどんどん進化して、なかなか楽しめる作品です。ただ、登場人物の人間関係や背景などがわからないと、面白味も半減してしまいます。

私の場合は、まず横山光輝の漫画の三国志を読みました。その後、TUTAYAにレンタルDVDがあるのを発見し、全巻見ました。このDVDのボリュームがすごくて、1本にCD2枚入っているのですが、CD1枚に3話(各60分)入っています。つまり1本借りると、6時間分の話が入っているわけです。しかも、巻数が14巻まであります。ネットで6万5千円で売ってますが、レンタルで十分でしょう。よくばって、2巻借りて、1週間で見切れなかったこともありました。

残念なのは、日本語の吹き替えはありません。字幕のみです。もちろん中国語で話しています。しょっちゅう出てくる中国語は、無意識に覚えてしまうくらい、どっぷり三国志の世界に浸れます。あまりにもスケールの大きな作品なので、話の途中で、役者が変わってしまう人物もいて、多少混乱する場面もあります。そのへんも、MADE IN CHINA なので、辛抱しましょう。

主役級の役者の演技は、なかなか見ごたえがありますが、エキストラの兵隊とかは、もろ素人演技なのが泣かせます。ただ、一人だけ納得がいかないのが、超主役級の劉備玄徳のキャストです。どう見ても、イメージに会わない、ただのおっちゃんです。他の配役はなかなかイメージ通りなんですが、劉備がいけません。でも、実は中国ではものすごく人気のある役者さんだそうで、他の中国映画にも主役で出てたりします。これは謎です。

明日は、三国志の内容に迫りたいと思います。(*^^)v

2007年6月15日 (金)

FFXI について(3)

FFXI について、書き留めようと思うと、それだけでブログが出来上がってしまうくらい、書きたいことがたくさんあるので大変です。実際に、ここ(ココログ)のカテゴリー内に、「FFXI」が存在するくらい、すでに市民権を得ています。各世界(ゲーム内のワールド)の中で、常時3000人ほどが接続して遊んでおり、その世界が30近くあるわけで、製造元のスクエア・エニックスの公式発表では、登録者数は100万人近くなっております。

オンライン化されたゲームの、おもしろいところは、未完成な作品であるところにあります。定期的にバージョンアップされたり、追加のシナリオディスクが発売されたり、遊ぶ側を飽きさせない工夫が見受けられます。通常のRPGであれば、速い人なら24時間、じっくり遊んでも50時間もあれば、ほとんどエンディングを迎えてしまいます。ストーリーも一本道ですから、もう一回最初から遊んでみよう、という気持ちには、正直なりません。FFXIの中には、自分が遊んだ時間を累積データーとして表示してくれる機能が付いているのですが、先日自分の遊んだ時間を調べてみると、「200日4時間12分」と出てきました。4年以上遊んでいるとはいえ、ちとびっくり。一日平均すると毎日3時間は遊んでいる計算になります。

FFXI は確かにおもしろいゲームなのですが、大きな弱点もあります。それは、今までのテレビゲームのように、ちょっと暇だから30分だけ遊ぼう、とかいう遊び方がほとんどできない点です。一人で出来ることには限界があると、前にも書きましたが、ゲーム上で何かしようとしたら、最低でも3~6人でチームを作って行動する必要がでてきます。最大で18名で1チームということもあります。そうなると、30分で勝手にやめるという訳にはいかなくなります。場合によっては、町でチーム編成するだけで1時間、目的の場所に移動するのに数十分、いざ戦闘開始で数時間・・・なんてことが常になってきます。

草野球チームで試合に臨むのと、雰囲気は似ています。「2回の裏までやったら、今日は帰るわ。ごめんね。」と突然言われると、残ったメンバーは、困ってしまいますよね。もちろん、事前にその事を告げており、チームもその時点からの補欠を準備しているような状況であれば、問題ありません。ゲーム内でも同じ事です。

MMORPGの醍醐味は、この人間関係の構築にあります。何回か、いっしょにチームを組んだりして、仲良くなると、自然に友達ができてきて、いっしょに行動し始めます。そして、その輪が広がっていって、ゲーム内ではLS(リンクシェル)と呼ばれている、独自の組織が出来上がっていきます。

なんとなく、その世界に浸りながら、のんびり過ごす。そんな遊び方もできるのが、FFXI のおもしろいところです。このまま、FFXI について語っていると、ここのブログの本来の趣旨から外れてしまいますので、一応今回は、このへんで話を打ち切りますが、また時々、FFXI の話題は取り上げていきたいと思っています。来週からは、また別の話題でお届けします お楽しみに (*^^)v

追伸:LSのメンバーがお店をOPENしました。「海福雑貨」というお店です。お近くの人は一度お立ち寄りになってみてはいかがでしょう。Chibitanuki(チビタヌキ)さんの紹介で来ました、と言えば安くしてくれるかも?^^; ちなみにChibitanuki は、私のゲーム内での名前です !(^^)!

2007年6月14日 (木)

FFXI について(2)

一昔前に、環境型ゲームというのが登場したことがあります。それまでのシューティングゲームや、アクションゲーム、RPG、アドベンチャーゲーム、テーブルゲームなどなど、様々なジャンルのゲームが、ある意味、出つくしてしまった頃に、一風変わったジャンルが登場したわけです。基本的なスタイルは、それまでの目的遂行型のゲームと異なり、無目的に自由に遊ぶ、といったもので、ただ画面を眺めているだけでもOK。暇なときは、ちょこちょこっと操作することも、もちろんできますが、それほど大きな変化があるわけでもない。

代表的なものとしては、「アクアノートの休日」や、「がんばれ森川君2号」、「シーマン」などがありますが、そのジャンルから、育てゲーと呼ばれる、キャラクター育成型ゲームという、新たな分野が登場することとなります。そして、それが大ブレークとなる、「たまごっち」へと、発展していくのです。

MMORPGは、従来のRPGと、この環境型ゲームが混じり合ったような環境となります。自分が、ゲームをしていようが、してなかろうが、ゲーム内の時間はリアルタイムに進行します。もちろん、これは、自分以外に同じ画面で3000人近い人間が遊んでいるわけですから、当然です。

苦労の末に、やっとみつけた宝箱。それを目の前にして感慨にふけりながら、今日はここまでにして、開けるのは明日にしよう・・・なんて事やってると、自分がゲームをやっていない間に、他の人が見つけてしまって、翌日ゲームを再開すると、そこには空っぽの宝箱が転がっているだけ、ということが、あたりまえに起こってきます。

FFXI の世界にはじめて降り立つと、その世界の広さに圧倒されます。今、自分が立っている街中を、はしからぐるりと見て回るだけで、1時間くらいはかかります。ひとたび街から飛び出して、別の街に移動しようとすると、移動時間だけで2時間近くかかります。もちろん、道中には、あなたの命を脅かすモンスターが、うようよしています。ゲームがある程度進行すると、移動手段として船や飛行機が登場しますが、路線バスのように、定期的に運行されており、到着するまで待つことになります。そして、実際に中に乗り込んで、移動するわけです。もちろん、移動中もゲームは進行しており、船なら舟べりで釣り糸を垂れて、移動時間の暇をつぶす、なんてことも可能です。

とにかく、ゲーム内で動き回っているのは、自分一人ではないことを無意識のうちに実感させられます。わけもわからず、うろうろしていると、いきなり向こうから来た人に、

「すいません、ちょっといいですか?○○は、どこにあるか教えてもらえませんか?」

などと、話しかけられたりします。もちろん、チャットという文字表示での会話です。この発言は、いままでのゲームのように、プログラムされたゲームキャラクターが、無機質に話しているのではなく、実際に人があなたに話しかけているわけです。はじめて、その事実に直面すると、ある種の衝撃を感じます。

「これは、もはや、子供の遊ぶゲームでは、ない。」

事実、FFXI を実際に遊んでいる年齢層を考えると、20代~40代の方が、中心になっているように思います。パソコンが一気に普及したインターネット世代の20~30代前半の方、ファミコン世代を支えてきた、コアなゲームファンである、30代後半~40代の方。チャットで交わす、さりげない会話の内容から、それをうかがい知ることができます。

そして、その世界の新たな住人の一人としての生活が始まるわけです。

つづきは、また明日 (*^^)v

2007年6月13日 (水)

FFXI について(1)

「今、あなたの目標は何ですか?」ときかれて、即答できる人って、どのくらいいるでしょうか?ほとんどの人が、「いや~特には、ないな~。平穏無事で、家内安全ってとこでしょうか。」と答えるような気がします。10代の頃は、将来の職業や進学志望校など、比較的短期間で目的の結果が出る世界で生きることが多いですが、ある程度の年齢になって来ると、「日々これ精進」的な、生き方になってきます。

町をふらっと、歩いていると、突然 絶世の美女が駆け寄ってきて、

「私はコリン王国の姫です。悪い魔法使いに追われています。勇者様、どうか私をお助け下さい。」

と言われたら、新手のキャッチ商法か、はたまた精神的にかなり危ない人か、どっちかだろうと即座に判断して、たいがいの人は逃げちゃうことでしょう。

家に帰ると、いきなり奥さんが、

「あなたには内緒にしていたけど、実は私はコリン王国の諜報部員で、あなたとの結婚も潜伏するための任務だったの。」

と言われたら、「へ~大変だね。とりあえず風呂入って寝るわ。」と答えちゃうでしょう。

さらに実家に帰ってみると、40代後半の父親が、

「やっぱり高収入は野球選手じゃ。若造の松坂にできて、わしに出来んはずはない。明日から今の仕事はやめて、トレーニングじゃ。明日のメジャーの星は、わしじゃ!」

などと、雄叫んでいたら、家族みんなで帯のような涙を流しながら、「やめてくれ。」と懇願することでしょう。

現実の世界の中では、そうそう 突拍子もない事は起きないのが普通で、しかも実際に起きてしまうと、これまた大変なこととなって、テレビや映画のように、2時間ほどで解決するのは不可能な事態に陥ります。そういった、ある種の夢や願望を、擬似的に体験させてくれる世界が、ゲームの中には存在します。それが、おもしろくて、みんな熱中するわけです。

ただ、そういった話も、一人で遊ぶ通常のRPGでのお話。実は、MMORPGの世界は、どちらかというと、今の現実の世界に近いものがあります。一人で遊ぶ、RPGの場合、プレイヤーは、悪の手先から、自分の国を守る、勇者であったり、世界中の宝物を探して旅する大冒険者だったりしますが、MMORPGの場合は、スタート時はどちらかというと一般庶民で、私なんかはMMORPGの代表作であるFFXI にいたっては、4年以上やっておりますが、相変わらず庶民のままです^^;

それで何が楽しいのか?明日のお楽しみ (*^^)v

2007年6月12日 (火)

MMORPGについて(4)

ゲーマー(ゲーム熱中者)はネクラだ。そんな言葉が生まれたのも、基本的にテレビゲームは一人で楽しむものであったからです。画面に向かって、コツコツと地道な作業を繰り返し、数時間後キャラクターのレベルが上がると、ニヤリ・・・確かに暗いかもしれません^^;

しかし、広い意味でいえば、所詮趣味なんてそんなもの。チームプレーのスポーツでもやってない限りは、一人でニヤリの世界です。しかし、MMORPGの登場で、状況は一変します。このゲームの世界では、まず一人では何もできません。自分ひとりの力だけで、できることには限界があります。キャラクターが生活する町の中で、自分と同じ目的を持つ者を探して、声をかけて協力し合わないと、目的が達成できないように初めからプログラムされています。

チャットというコミュニケーションツールを使用して、意思の疎通をはかり、作戦を練って敵を倒します。それぞれの人はジョブと呼ばれる、ゲーム内での何らかの職業に就いており、それぞれの持つ、特技を最大限に生かしながら、作戦に参加します。

はじめてこの世界に降り立った、新米冒険者は、どうしても、おっかなびっくりになってしまいますが、熟練者はすぐにその事を見抜き、的確なアドバイスと、フォローをしてくれます。同じ趣味でつながった、新たな友人を大切にしないはずはありません。まるで、学生時代に部活の体験教室にやってきた新入生と、先輩達のような雰囲気となります。

あと、この世界でおもしろいのは、「ネットワークゲームの歴史」のなかでも触れましたが、実際に操作している相手が、男性なのか女性なのか、高校生なのかオバさんなのか、はたまた80歳くらいのおじいさんなのか、全くわからない事です。小学生くらいだと、さすがに発言内容から、かなり若い・・・というか子供なのではないか?と思うことはありますが、それもあくまで推測であって、確証はありません。

そういった、実生活の枠を飛び越えて、新たな世界で、全く新しい自分を作り上げることが出来るところに、MMORPGのすばらしさがあります。しかも、ネットで繋がっていますから、相手が日本人だけとは限りません。会話の中に、英語が飛び込んで来ることも珍しい事ではないのです。同じ時間に、世界中の人が、同じゲームの中に存在する。FFXIの場合、常時2000~3000人が、同じゲームの世界に存在し、活動しています。

人間が集まると、そこには必ず経済が発生します。残念なことですが、ゲームの中にも貧富の差が生まれることとなります。そして、そのゲーム内の経済が、現実の世界に飛び出してきて、大きなビジネスとして発展しようとしています。賛否両論あるところですが、現実にゲーム内の通貨が、現実の金銭で取引されたりもしております。(リアルマネートレーディング

最後にFFXIについて、楽しく紹介されている、私の愛読書をご紹介しておきます。

ファイナルファンタジーXIプレイ日記 ヴァナ・ディール滞在記』(永田 泰大 著)

内容は、FFXIのサービス開始時の話ですから、5年ほど前の内容で、現在の状況とはいくぶん食い違うところもありますが、これからネットワークゲームをやってみようかと思われる方には、最適なバイブルとなり得るでしょう。

明日は、具体的にFFXIの世界に踏み込んでいきます。(*^^)v 

2007年6月11日 (月)

MMORPGについて(3)

テレビゲームの普及に伴い、流行した言葉に、「リセットする」という言葉があります。「いったん白紙に戻して、すべてやり直す」といった意味で使われます。ゲーム途中で、この先うまくいかないことが判明した場合、ゲーム機本体のリセットボタンをプチっと押して、すべてやり直す行為からきている言葉です。

ゲームの世界では、いとも簡単に過去を消し去ることができます。都合の悪い事実はリセットボタンが闇に葬ってくれます。しかし、私たちが生きているこの社会においては、そう簡単にリセットボタンは押せません。押したつもりでも、過去を消し去ることができない以上、意味をなしません。失敗は誰にでも起こりうること、後悔することも度々あるでしょう。私たちは、その結果起きてしまったことに真正面からぶつかり、乗り越えていかなくてはならないのです。究極のリセットボタンとして、「死」というものがありますが、その人の存在を過去から消し去ってくれるものではありません。

ちょいと、話が重くなってしまいましたが、MMORPGの世界には、リセットボタンは存在しません。理由は、私たちが生活しているのと同じ社会がそこに構築されているからです。今までのテレビゲームは、他人と共存するものではなく、プレイヤー(本人)と、プログラマーが作り上げた世界の中に住むキャラクターとの関係で物事が進行していました。ですから、プレイヤーが誤った選択肢を選んでしまって、物語の進行上不利益を被ると判断した場合、リセットして、再びその選択肢を選び直すことが可能でした。もちろん、その行為で他人に迷惑がかかることもなく、単に自分の時間を浪費しただけの事ですから、非難される恐れもありません。

MMORPGの世界の場合は、そうはいきません。同じ画面の中で、動きまわっているキャラクターは、実際にそれを操作している人間が、画面の向こう側に、確かに存在するわけです。仮に、お店を出しているキャラクターから、あるアイテムを100円(ゲーム内の仮想のお金)で購入したとします。しばらくして、別の店をのぞくと、同じものが50円で売られていました。今までのゲームなら、リセットボタンを押して、アイテムを買うところからやりなおしで、最初から50円の店に入ればすむことでした。しかし、MMORPGの場合、100円と値段を付けて売っている人も、50円と値段を付けて売っている人も、それぞれ自分の判断で値段を付けて販売しているわけで、やり直そうと思ったら、100円で売ってた人の所へもどり、買い戻してもらう必要が発生します。現実の世界と同じですね。^^;

こう書くと、なんだか面倒なゲームだな~と思われるかもしれませんが、その逆にとても素晴らしい事もたくさんあります。明日は、そういった内容をお届けします。ちなみに、私の場合、MMORPGは数作しかプレイしておらず、内容に多少偏りがあるかもしれませんが、その点はご容赦ください。現在主にプレイしているのは、FFXI(ファイナルファンタジー11)です。ここ←のリンクで動画の画面で簡単な紹介がされています。興味のある方はご覧になってください。(*^^)v

2007年6月 9日 (土)

MMORPGについて(2)

RPG(ロールプレイングゲーム)つまりは、ロール(役割)をプレイ(演じる)するゲームの意味で、ゲームの黎明期では、プレーヤーは、ゲーム内のキャラクター(1人)を操作して、出現するモンスターを倒すことで得られる経験値をためていき、物語を進めていく手法でした。ある一定数経験値がたまると、レベルアップしてキャラクターの各能力(体力・攻撃力など)が上昇し、さらに強い敵も倒せるようになったり、新しい装備(武器・防具など)が装着できたり、今まで行けなかったエリアに行けるようになったりする。そういった、キャラクターの成長を楽しみながら、物語の結末に近づいていくゲームです。

ゲームが進化しても、基本的なスタイルは変わらないのですが、ゲーム機の処理能力の向上と、プレイヤー自身のゲームに対する理解力の向上から、それまで1人だけを操作していた状態から、一度に複数のキャラクターを操作するシステムに移行していきました。それに伴って、各キャラクターには職業という概念が発生し、戦闘を主につかさどる者、回復や治療を主とする者など、世界観が広がっていきます。

基本的に、アクションゲームではなく、その場その場で、各キャラクターにどういった行動を取らせるかを、事前に指示を出して、その結果を見守るという形で進行しますから、理論的には操作するキャラクターが何人になろうと、煩雑なだけで、特に問題はありません。ただ逆に、この手のゲームの弱点は、進行自体がマンネリ化するところにあります。同じことを延々繰り返すだけ。強い敵に戦いを挑めば、緊張感もありますが、もし失敗すると、せっかく稼いだ経験値を減らされたり、なんらかのペナルティを食らいますので、無難に弱い敵を倒し続けるといった、作業的なゲームに陥ってしまう危惧があるのです。

そこで、登場したのが、プログラム上に乱数を使用する方法です。この結果、通常コンピュータのはじき出す答えは、何万回やろうと1+1=2であったものが、ときに答えが3になったり、10になったりするようになります。この結果、とてもかなわないと思っていた敵に、偶然にも勝利してしまったり、逆に絶対負けないと思っていた敵に、叩きのめされたりするようになり、ゲームに程よいスパイスが効いた形となりました。

ただし、この乱数も数値の範囲をあまりに極端にばらつかせてしまうと、ゲームのシステム自体が崩壊することとなるので、その調整具合が、傑作と駄作の分かれ道となっていました。

こうして、ドラクエ誕生から、10年ほどの間は、各メーカーから様々なRPGが生み出され、多くのゲームファンを魅了し続けたのです。しかし、人間は常に進歩を遂げる生き物であり、新しい刺激を求めてやみません。10年ほどの間に作られ続けたゲームで、ある程度システムとしては完成してしまって、あとはストーリー展開や画像の美麗さを改良するくらいしか、触りようもないところに行きついてしまいます。これは斬新だ・・・という傑作がなかなか生まれず、ドラクエやファイナルファンタジーなどの代表作も、新作を発表するものの、終盤では過去の栄光にすがる、老兵となりつつありました。

そこに彗星の如く現れるのが、MMORPGの世界です。基本システムは従来のものと変わりませんが、根本的に違うものがそこには存在していました。仮想現実の世界です。来週は、そのMMORPGの世界に踏み込みたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 8日 (金)

MMORPG について(1)

MMORPG(多人数参加型オンラインRPG)の紹介をするには、まずはRPG(ロールプレイングゲーム)について、触れておかねばなりません。詳しくは、リンク先の解説を参考にしてください。

ファミコンが全盛期を迎えようとしていた頃、1986年ごろになりますが、当時はゲームセンターからの移植版のゲームや、その影響からシューティングゲームやアクションゲームといった、反射神経にすべてがゆだねられるゲームが主流でした。ゲームセンターのゲームは、ワンコインで長時間ねばられると、収益が上がりませんから、1ゲームが数分で終了するような難易度の設定のゲームでないと、営業という観点からみると意味をなしませんでした。しかし、それが家庭に持ち込まれるようになると、色合いが変化します。じっくり長時間遊べるゲームが求められ始めました。そこで登場したのがRPGです。

私がRPGと初めて出会ったのは、知らぬ人はいない「ドラゴンクエスト(1作目)」でした。そのときは、実は他に欲しいゲームがあって、ディスカウントショップに出向いていたのですが、お目当てのゲームはすでに品切れでした、微妙にショックを受けながらも、ふと近くに目をやると、うず高く積まれている新作ゲームが。他のゲームと比較しても、「あきらかに売れていません・・・」といった雰囲気がたっぷりだったのですが、当時すでにマンガのドラゴンボールで名が売れていた、鳥山明氏のパッケージデザインが、気を引きました。店員さんにお願いして、パッケージを開けてもらい、説明書を見せてもらいました。当時は今みたいに、ゲーム専用の雑誌などほとんどなかったことと、1本のソフトが6~7000円していたため(当時のアルバイト時給は450円が相場でした)、内容を吟味して購入しないと、大損食うことになるので、説明書も見せてくれていました。

しかしながら、読んでみても意味がさっぱりわかりません。そりゃそうですよね、それまでにまったくやったことのないジャンルなわけですから^^; せっかく街まで出向いたんだから、クソゲー覚悟で買ってみるか。意を決して、購入しました。それが、数年後には、2作目、3作目と続編が登場するごとに大ブレークし、3作目に至っては、販売個数が購入希望個数にまったく足らず、購入した者を店外で呼び止めて、数倍の金額を提示して譲ってもらおうとしたり、さらには恐喝まがいなことをして、奪い取ったりする事件が起こり、全国的にも大きなニュースとなりました。

この3作目は、私の場合、もちろん発売日に手に入れたのですが、裏話があります。実は、私がお店に予約に行った時には、すでに100人以上の先約があり、きちんとノートに予約者の名前がぎっしり書き込まれておりました。しかし、お店に入荷する本数は、せいぜい20本くらいで、あとは入荷待ちになるとか。あきらめかけていたところ、顔なじみの店長さんが、「発売日の閉店間際に来て」とさりげなく言ってくれました。言われたとおり、閉店間際に行くと、お店の包装用の袋ではなく、茶封筒を渡されました。なかには・・・ドラクエが。「予約で手に入らなかった連中が、店の外でうろついていて怪しい雰囲気だから、気を付けて。真衛門君は予約者じゃないから特にね^^;」といって、譲ってくれました。

ちと、話が横道にそれてしまいましたが、明日もつづきます。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 7日 (木)

ネットワークゲームの歴史(4)

ネットワークゲームが最初に出始めた頃は、日本ではテーブルゲーム(囲碁・将棋・トランプなど)が、主流でした。米国では、当時から双方同時通信型のゲームが、一早く登場していましたが、これは日本と米国での、通信事業の整備の違いからくるものでした。

日本は国土が狭く、平野部に山が隣接している地域が多く、テレビの電波を受信する場合、山の頂上に電波塔を設置すれば、ほぼ問題なく受信エリアをカバーすることができたのに対して、米国は国土が広く、しかも平野部と山がかなりの距離があったり、町同士がかなり隔たっていたりしたため、電波塔でエリアをカバーするのは、効率的ではなかったのです。そこで、利用されたのがケーブルテレビです。電波ではなく、直接ケーブルを利用してテレビを受信する方法が主流となっていきました。このことが、その後登場するインターネット通信で大活躍するわけです。

それに対して、日本ではケーブルで網羅されているのは、電話のみでしたから、このネット通信も最初は電話回線を使用する形で登場しました。しかしながら、画像を送信することを前提に作られているケーブルと、音声を送信することのみを前提として作られている電話回線では、単位時間で送信できるデータ通信量には、大きな隔たりがありました。しかも、電話回線を使用すると、通常電話で会話しているのと同じ通話料金が課金されるため、長時間使用すると膨大な利用金額を請求されることとなります。

そういったことが背景にあり、日本ではなかなかネットワークゲームが普及しなかったという実情があります。利用金額の方は、パソコンの普及に伴い、時間限定での定額制になったりと、いくぶん緩和されたのですが、データ通信量はどうしようもありません。現在は、ADSL回線や光ファイバーなどが、かなり敷設されて問題なくなってきていますが、当時はいくら自分が高額な高速回線を敷設しても、対戦している相手が、電話回線を利用していると、相手から送られてくるデータが遅いため、意味がありませんでした。そのため、画面上で、同時にお互いのキャラクターを動かすようなゲームは出来なかったのです。そのかわり、将棋や麻雀、トランプなどは、一手一手のデーターを送りあうだけなので、多少速度が遅くても、ゲームとしては成立しました。

いままで、コンピューター相手に遊んでいたものと比べて、対人戦は比べ物にならないくらいおもしろいものでした。コンピューターはミスをしませんが、人間は凡ミスをします。負ければくやしがり、勝てば喜ぶ。お互いのコミュニケーションも、ゲーム画面上の隅に出る枠の中で、チャットを使って交わすことができます。

麻雀ゲームなどでは、「さあさあ、当たるとでかいよ~~。」などと牽制したり、将棋では「あぁ~~それ 待った 待った。」と、一手戻してもらったり、パソコンの前にいることを忘れさせてくれるような、楽しいやりとりが行われていました。現在では、ネットワーク環境が整って、チャットを主流に遊びたい人は、MMORPG(多人数参加型オンラインRPG)に移行して、テーブルゲームは気楽に遊ぶ、初心者向けとなりつつあり、ゲーム中にチャットする人は少なくなっています。

明日は、MMORPGの紹介をしたいとおもいます。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 6日 (水)

ネットワークゲームの歴史(3)

チャットを行う場合、自分に合った話題を取り上げている、ルームと呼ばれるセクションにアクセスします。数百人の人間が、いっせいに思い思いの発言をすると、収集がつかなくなるので、10数人ごとで部屋割をしているようなものです。

このルームには色々な種類があり、各部屋ではそれぞれの話題で盛り上がります。「初心者」「子育て」「料理」「自動車」「パソコン」「受験」「50代」「60代」「愛媛県」「広島県」・・・ジャンルも趣味のくくりから、年齢別、地域別と多岐にわたっています。これは、最初から割り振られているルーム以外に、接続している人間が、自分でルームを作成できるシステムがあったためです。最盛期は、登録無しで無料で利用できたのですが、心無い人が、ルーム内で暴言を吐いたり、他人の誹謗中傷を実名をあげて発言したりと、トラブルが頻発したため、現在のチャットは、ほとんどが完全会員制(実名での登録)で有料になってしまいました。利用金額は安いので、おそらくこれは、クレジットカード決済を利用することで、運営側が確実に本人確認を取るためではないかと思われます。もちろん、利用する際には、ニックネームを使用しますので、参加者同士が個人を特定することはできません。

当時、私がよく利用していたルームに、「パソコンシステム」という部屋がありました。ここには、常にパソコンの鬼が数人常駐しており、パソコンのことで困ったことが発生したら、このルームに行って、

「すいません。○○のセッティングがうまくいかないんですが、誰かご存知の方いらっしゃいませんか?」

と、発言すると、いっせいに数人から答えが返ってきます。さらには、事細かに注意点を教えてくれたり、答えた者同士が、相談して、ベストな解決方法を教えてくれました。現在私は、パソコン教室で初心者の方に教えていますが、よく「どこか専門の学校を出られたのですか?」と生徒さんから質問されます。しかしながら、大学は文系でしたし、卒業後に専門学校に通ったりもしておりません。一般的には独学、となるのでしょうが、実はこのチャットルームが私にとってのパソコン教室だったわけです。タダで高度な知識を、しかも即答で教えてもらえる。もちろん、私が知っていることであれば、逆に教えてあげたりもしていました。

明日は、いよいよ本題。チャットを利用した、ネットワークゲームの内容に迫りたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年6月 5日 (火)

ネットワークゲームの歴史(2)

ネットワークゲームを語る上で、外せないものに、「チャット」という、コミュニケーション手段があります。この、チャットが浸透したことにより、ネットワークゲームが飛躍的に進歩を遂げます。

当初は、チャット専用ホームページが乱立した時代があります。リアルタイムに、文字通信で不特定多数の人間と会話を楽しむシステムなのですが、顔が見えない、声が聞こえないという、匿名性が悪用されるケースも多発しました。一番多いイタズラとしては、ネカマ(ネット上のオカマ)と呼ばれ、会話をする上で使用する自分の名前(ニックネーム)を、女性を連想させるものを使用して、言葉遣いも女性的なものを使って、男性であるのに女性のふりをして会話に参加する者が多数現れました。なぜ、ネカマを装うのか、一番の理由は、その会話の中でもてはやされるということでしょうか。当時は、今ほどパソコンが普及してはおらず、さらには通信機能は初期設定にはなく、自分で機器を購入して、かなり煩雑な接続の設定を自分自身で行わねばならないという、かなり敷居の高いものでした。ですから、会話の中で

「えぇ~~わたし、そういう難しい事はワカンナイですぅぅ~(*^。^*)」

などと言われても、そういう言葉を普段から使っている、10代後半の女の子がネットワーク環境を構築できたとはとても考えられないのですが、男の悲しい性(サガ)とでもいいましょうか、そう言われると、

「ごめんごめん、ちょっと難しかったかな~でも○○ちゃんなら許す~~(*^^)」

などと、甘い受け答えをしてしまうのですな(/_;) 

確かに、ネットワークの世界では、年齢・性別・国籍・社会的身分の区別はありません。というか、区別しようがないので、それを仮に公言したとしても、確認するすべがないので、無意味と言っていいでしょう。そういった意味では、このネットワーク社会こそ理想郷であると言った人がいますが、あくまでも現実社会とは切り離された社会ですから、ネットワークの暗黒面に落ちてしまうと、実生活に支障をきたす場合があります。

ネット社会でなりきって作り上げた人格と、実社会での人格に極端に隔たりがある場合、ネカマがいい例ですが、気をつけないと実社会において全く適合できない状況に追い込まれる事があります、ひいては解離性同一性障害(多重人格症)を引き起こす要因ともなりえますので注意が必要です。

家庭の主婦が、度重なるストレスからキッチンドランカー(台所で酒浸りになり、アルコール中毒になること)になることが取り上げられた事がありますが、現在はネットドランカーになることがあるそうです。ネット社会では、年齢や既婚未婚は自己申告ですから、華々しい青春時代を過ぎて、家庭に入り子育てや家事に追われる生活に疲れて、気がつくとネットの暗黒面に落ち込んで、チャット上で10代の女性を演じ続ける主婦が急増しているそうです。一切の家事をせず、朝から晩までパソコンにしがみついて、薄暗い部屋の中でモニターに向かってニヤリとしている奥さん・・・怪談ですな (T_T)

明日は、ネット社会の素敵な面も紹介していきたいと思います。おたのしみに(*^^)v

2007年6月 4日 (月)

ネットワークゲームの歴史(1)

テレビゲームは、やったことがあっても、オンラインゲームはやったことがない人を大勢見ます。本来の意味で言うと、あるべき形に戻っただけなのですが、ネットワーク、インターネットなどの難しそうな言葉や、ゲームを始めるまでの煩雑な手続きが、まだまだ敷居を高くしているようです。

古来から、ゲームは存在しており、身近な例で言うと、囲碁や将棋、あとスポーツの試合もある意味ではゲームと言えるでしょう。人間同士が、知恵や己の肉体をぶつかりあわせて競う楽しみは、我々の歴史上かなり古くから存在しているわけです。逆に言うと、コンピューター相手に自分の知恵や手先の器用さを競って遊ぶというスタイルの方が、ずっと新しいものであるわけです。一時期は、このスタイルが、もてはやされましたが、どうあってもそれは、プログラミングされた思考であり、所詮人間味を出すことは、今の科学では不可能なことです。AIなどの人工知能は確かに発達したのですが、どうしてもそこには感情というものは存在しません。ここに、テレビゲームの限界がありました。

ネットワークという言葉が最初に使われ始めたのは、パソコンが普及し始めた頃、10年くらい前の事です。当時は、まだインターネットというものは、個人で利用するものではなく、大学間を繋いで、研究成果の情報交換や、大企業の一部が利用する程度のものでした。個人のパソコン向けには、パソコン通信というものが別に存在していました。詳細はリンク記事を見て頂けばわかりますが、簡単に言うと、契約しているプロバイダーの会員同士のみが、文字による伝達によりコミュニケーションが図れる、というもの。会員限定のメール・掲示板サービスとでもいいましょうか、非常に単純なものですが、当時はかなりの会員数で、大盛況でした。

そして、そのシステムを利用して、プロバイダーがゲームを開始し始めました。私が記憶する限りでは、これが日本初のネットワークゲームです。内容を簡単にお知らせしましょう。

ゲームに参加すると、毎週1通のメールがプロバイダーから届きます。そこには、財宝の隠し場所を解くカギとなる、暗号が記されています。そして、15通ほどのメールの暗号をすべて解き明かすと、その財宝の隠し場所が明らかになるというものでした。しかも、その場所は、現在の日本のどこかであり、しかもその場所には、プロバイダーが本当に100万円埋めてあるということで、参加者はかなり熱くなっていました。専用の掲示板には、暗号を解くヒントや、逆に惑わすための偽情報、○○を掘ってみたがダメだった・・・などなど、様々な情報が錯綜しておりました。

プロバイダー側も、「私有地には埋めていません。勝手に他人の所有する、山林や畑に侵入して、地面を掘り返さないでください。」と注意は呼び掛けていたのですが、終盤に入り、ある程度場所が限定されてくると、スコップ片手の若者が、数100人、とある個人所有の山に押しかけて、そこら一帯を掘り返すという事件が発生して、これはニュースにもなりました。それが原因で、人気があったゲームではあったのですが、第二弾はありませんでした。ちなみに、掘り返した山は、プロバイダー側の罠に引っ掛かって、ミスリードされるとその場所に行きついてしまうようになっていたようです。最終的には、正しい場所を掘り当てた人が、100万円を手にしたようです。

こうしてみると、ネットワークゲームの楽しさの一つに、不特定多数の人間が、同時に参加できて、自然に交流がはじまり、ヒューマンネットワークが形成されることにあります。明日は、もう少し現代のネットワークゲームに近づいていきたいと思います。おたのしみに(*^^)v

2007年6月 1日 (金)

テレビゲームの歴史(2)

1984年に改正された風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)により、ゲームセンターの様相が微妙に変化します。それまでは、規制がなかったため、24時間営業の店舗も多く、若者の溜まり場となっていました。

当時私は、親元を離れ、福岡市で予備校生活を送っておりました。割と厳しい規則の寮生活で、夜の門限は20時でした。20時になると入口に鍵ががかり、入るためには寮監とインターホンで連絡を取り、門限に遅れた理由を追及されることとなります。それを避ける唯一の手段は、翌朝6時に門が開くまで、外で時間を潰すことでした。そのときに、いつもお世話になっていたのが、ゲームセンターでした。20時をすぎると、寮の近くにある24時間営業のゲームセンターには、門限に遅れた寮生がわらわらと集まってきます。ゲームをやったり、ジュースを飲みながら、たわいもないおしゃべりをしたり、腹がすくと、ローソンで肉まんを買ってきて食べたりと、若者的な自由を満喫しておりました。

場所は、福岡市街の西に位置する、西新という町でしたが、近くに大学もあったことから、町全体が学生街といった雰囲気でした。当時から、ゲームセンターは非行の温床であるかのように、マスコミで取り上げられていましたが、私が知る限りでは、その場において恐喝や暴力行為を目にしたことはありませんでした。タバコの煙の充満する、薄暗く狭い店内に、行き場を失った若者がたむろしている、そんな雰囲気が、悪いイメージを植え付けていったのでしょう。そういった場で、犯罪行為が全くないとは思いませんが、それは普通に深夜に道を歩いていても、起こりうることではないでしょうか。

この頃に流行した言葉に、ハイスコア・カンスト(カウンターストップ)・ゲーマーなどがあります。ゲームで高得点を出すと、自分の名前をゲーム内に残せるシステムが、意外に競争心理をかきたてて、ゲームに熱中させる要因となりました。あと、得点の表示が、ゲーム製造側の予測を裏切り、表示不能な得点まで稼ぎだすことを、カンストといい、それまで数字で表示されていた得点が、エラーを起こして、妙な表示になったりすることも、楽しみのひとつでした。さらに24時間営業であったため、調整でもない限り、ゲーム機の電源が切られる事はなかったため、店内のあらゆるゲームに自分の名前を刻み続ける、そういった連中をゲーマーと呼んでいました。彼らはワンコインで数時間ゲームをやりつづけます。私も過去に、1つだけ得意なゲームがあって、最高で4時間やりつづけたことがあります^^;

うまいゲーマーの遊んでいる画面をのぞき見しているだけでも、十分楽しめました。やっているほうも、ギャラリーが増えると、それが刺激となって、また楽しい。凡ミスをして、ゲームが終了してしまった時には、やっている側も見ている側も、思わず「あぁ~~!」と声をあげてしまう。まるで、スポーツ観戦しているような感じでした。ゲームという共通の興味でつながっている若者の、夜の社交場であったゲームセンターがどんどん消えていって、その環境が家庭に移行しつつある現在。見ず知らずの他人と同じ場所で、同じ空気を吸うこともなくなって、さらに閉塞感を強めていったゲームの世界に、新たな光がもたらされようとしています。それがオンラインのネットワークゲームです。来週は、その話題を取り上げたいと思います。お楽しみに(*^^)v

2007年5月31日 (木)

テレビゲームの歴史(1)

テレビゲームの歴史と言っても、難しい事を語るつもりはありません。私が体験したことに基づいての内容ですから、場合によっては、ある地域独特のものであったり、正確でない部分もあろうかと思いますが、その点はご了承ください <(_ _)>

生まれて初めて、テレビゲーム(ビデオゲームも含む)に出会ったのは、子供のころ、父親に、「おもしろいものがあるからついて来い。」と言われて、入った喫茶店でインベーダーゲームをやったところから始まります。まだ、世の中にゲームセンターなどなかった時代です。父親はちょっと変わったところがあり、大学生の時に車の免許を取ってもよいか?と尋ねたところ、バイクの免許も取るなら、講習料を全額負担してやると言われて、いやいやバイクの講習もセットで申し込んだという、いきさつがあります。当時の私は、バイクには全く興味がなかったのです。まあ、父の話は日を改めるとして、そこでやったインベーダーゲームの おもしろいことったらありゃしません。世の中にこんなに楽しい玩具があるのかと、子供ながらに感動しました。

そして、俗に言うファミコン時代が到来します。実は、家にファミコンを持ち込んだのは、またまた父でした。毎日、仕事から帰ってくると、テレビの前で麻雀ゲームをしておりました。父は、自分でおもちゃ屋に行って、

「家でインベーダーゲームは、できないのか?」と店主にきいたところ、

「インベーダーゲームは無理ですが、これからはこの機械の時代ですよ。まだソフトは少ないですが、間違いなくこの機械の時代がやってきます。」

そう言われて、買い込んできたのである。その話を聞いた時は、うまいことおもちゃ屋のおやじに丸めこまれたな、どうせ数本ソフトが出たらそれっきりで、そのうち飽きるに違いない。そうなったら、そのおもちゃは私の物だ、むふふ と密かに喜んでいたのですが、期待は大きく裏切られることとなります。

そうこうしているうちに、駄菓子屋の店先や、大きめのスーパー、デパートの屋上などに、ビデオゲーム機が並ぶようになります。ドンキーコングギャラクシアンなどが、一世を風靡した時代です。ゲームセンターという名称の店舗は、まだ出てきてはいませんでした。学校帰りの子供たち(小~高校生)が、お菓子にたかるアリのように、ゲーム機に群がっていました。その様子を見ていた、駄菓子屋のおやじが、ガレージを改装して、ずらりとゲーム機を並べ始めたのが、私が記憶するゲームセンターの始まりです。テレビの画面を見て遊ぶという、特殊な環境のため、室内が明るいと、画面に光が反射して見にくくなるために、室内はとても薄暗く、今で言うサイバーな世界の幕開けでした。暗く、埃っぽい室内に響き渡る人工的な音とリズム、テレビ画面の明りに照らし出される顔しかみえない人影、黙々とうつむいたまま手だけを動かし続ける子供たち・・・いつしかこんな世界にどっぷりと浸かっていきました。

心理学の世界の言葉で、「異界との出会い」というものがあります。ちと宗教的な内容になりますが、異界とは、簡単に言うと神の世界のことです。(厳密に言うと違いますが、まあ大学の授業ではないので、細かい事は気にしないでおきましょう。)神の世界に近づくために、重要な環境として、「ほの暗さ」が必要とされています。そのため、日本の寺院の本殿などに入ると、かなり暗い感じがするはずです。キリスト教の教会あたりも、天井を高く取り、ガラスはステンドグラスを使用して、直射日光が入らないようにしています。この、ほの暗い環境で、無心になることで、異界の扉が開かれるわけです。仏教的には悟りを開くといいます。

当時のゲームセンターは、まさにこの要素を十分満たしておりました。宗教観など全くない若者が、吸い込まれるようにゲームセンターに引き寄せられていったのは、単にゲームが面白いから、それだけの理由では無かったように思います。中にいると、妙に心が落ち着くんです。今のゲームセンターは、非行・犯罪防止の観点から、室内はとても明るく、清潔になりました・・・しかしながら、そうなってしまってからゲームセンターの没落が始まったのです。そして、いまやゲームセンターは、カラオケボックスやコンビニに姿を変えつつあります。一般的には、家庭用ゲーム機の普及が挙げられますが、ゲームセンターが大盛況だった時代に、すでにファミコンは絶世紀だったわけで、それが衰退の理由とは思えません。

明日も、もう少しゲームのお話を続けたいと思います (*^^)v